第387話 国語の文章問題は意外となんでもありになっている

 昨日は早めに寝たからだろうか。その分早起きしてしまった唯斗ゆいとは、まだ薄暗い窓の外の景色を見て唸った。

 二度寝するのもいいかもしれないが、寝起きで夕奈ゆうなの顔を間近で見てしまい、昨晩のことを思い出して寝られる気がしない。

 そもそも、自分がどうして彼女の言うことなんて聞いてしまったのか。悔しさと羞恥とが混ざったような感情が、彼の眠気を払っていた。


「……課題でもするかな」


 こういう気分の時は勉強に限る。やらなければならないことを減らせる上に、余計なことを忘れられるのだから。

 唯斗は心の中で頷くと、早速机に向かって問題集を取り出した。ただし、付けるのは手元のライトだけで、部屋はくらいままだ。

 夕奈を起こしてしまうと悪いという気持ちも無くはないが、メインの理由としては起きれば勉強どころではなくなるからである。


「国語からにしようかな」


 そんな独り言を小声で呟きつつ、文章題を解き始めた。一応全問解けばOKという課題なので、必ずしも正解する必要は無い。

 しかし、こういう日々の積み重ねがあるからこそ、居眠りしていても怒りづらいという『成績バリア』を構成するのだ。

 一度でも悪い成績を取ったり、課題をまともにならなければ、教師はそういう所を理由に起きさせてくる。

 そう、唯斗は眠ることに関しては手を抜かないのだ。相手が先生であろうと、夕奈であろうと。


 問二『傍線部③の時、チカの心情を答えよ。』


 問題には関係の無い話だが、彼はこういう問いを見た時にいつも思うことがある。

 どうして出題者は命令形で書きたがるのだろうか。どうして他人の心情を推理させたがるのか。

 もちろん出題において、それが当たり前のことだとは分かっている。こんなことを言えば屁理屈大好きかと疎まれることも。

 ただ、もともとぼっちで過ごすことがそれなりに好きだった唯斗にとって、命令されることも知らない人の気持ちを考えることも得意ではなかった。

 もしもこれが国語の問題でなかったとしたら、今すぐ机に突っ伏して眠っていただろう。


「チカは……寝起きだったはず。じゃあ、二度寝しよう以外に有り得ないね」


 そう思って書こうとするが、ふと傍線部のすぐ隣を見てペンを止める。

 チカは寝起きではあるが、今日は家族でピクニックに行く。そういうお話に展開するらしかった。

 となると、二度寝なんてしている場合ではない。したいのはむしろ自分の方だバカヤロウ。

 唯斗は紙に『待ちに待ったピクニック当日でワクワクしている』と書くと、次の漢字問題はサクサクと解いてページを捲ってザッと文章に目を通す。


『しかし、チカは諦めませんでした。サンドイッチも車も、お父さんとお母さんも流されてしまいましたが、必死にテトラポットに捕まって耐え続けました。』


「……待って、チカちゃんに何があったの」


 問題に必要ないからと読み飛ばしていたが、いつの間にか大災害に見舞われていた。

 ページを戻って読み直してみると、どうやらピクニック途中で貯水タンクが爆発し、中に入っていた水で川へ押し流され、海まで辿り着いたらしい。

 とんでもない文章であることは明らかだが、その辺は特に問題を解く上で大事な部分ではないようなのでスルーしておく。


 問六『チカが失ったものを漢字2文字で書きなさい』


 失ったものと言えば、車・食料・両親の3つだが、これらをまとめて表現する言葉が見つからない。

 もう一度読み直せば見つかるかもしれないが、ぶっ飛んだ物語を再インプットするとこっちまでおかしくなりそうなので、適当に思いついたものを書くことにした。


「……尊厳、でいいや」


 チカは最終的に無人島へ流され、なんやかんやあってそこに住んでいた猿たちの親分になっている。

 人間としての尊厳を失っていることは間違いないので、これでバツをつけられたら抗議してやろう。

 そんなことを考えながら次の問題に進もうとして、ふと思い留まった唯斗は冷静になって考えてみた。そして。


「……よくこの問題集、採用されたね」


 初めの方にしておくべきツッコミを小声でしてから、2つ目の文章題を解き始めたのであった。

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