第385話 今時の小学生は進んでいる
満足ゲーム(仮)から数時間後、
ようやくウザ絡みから開放された
「天音、ゲームのやりすぎは良くないよ」
「……そうだよね」
いつもなら「別にいいの!」なんて言って少しは反抗してきてもいいはずだ。しかし、今日はやけに聞き分けがいい。
何かおかしいと感じた彼が顔を覗き込んでみると、天音は何故かすごく寂しそうな顔をしていた。
ハハーンも師匠も居なくて寂しいという気持ちはあるだろうが、それだけでこんな表情をするものだろうか。
「どうしたの。お兄ちゃんに話してみて」
「でも、馬鹿みたいなことだよ?」
「僕も馬鹿になって聞くから」
「お兄ちゃんに馬鹿は似合わないもん」
「妹バカにはなれる」
「……ふふ、それもそうだね」
唯斗の言葉にクスリと笑った彼女は、一度深呼吸を挟んでから兄の目をじっと見つめる。
そして今なら言えると自分で思えたタイミングで、正直な気持ちを話してくれた。
「天音はね、まだ小学生なの。子供らしくてよくて、大人になるなんて考えなくていいの」
「その通りだね」
「でも、お兄ちゃんも夕奈師匠も高校生。半分は子供でも、半分は大人なんでしょ?」
「ルールとかマナーの面でそう言われるかな」
「夕奈師匠はまだ子供で居てくれてる。だから、同じレベルで楽しめる。でも、いつかは大人になるんだよね……」
「なってくれないと困るよ」
「……当たり前のことだって分かってるけど、天音が子供だからなのかな。大人にならないで欲しいって思っちゃう」
天音は小さな手でコントローラーをぎゅっと握ると、下唇を噛み締めながら体を微かに震わせる。
溢れ出そうになるものを堪えようとしているのだと、彼の目から見てすぐに分かった。
それでも、何と声をかければいいのかが見つからない。言っていることは理解出来るというのに。
「お兄ちゃんたちがテスト勉強に忙しい時、何回も考えちゃってた。1週間程度じゃなくて、ずっと遊べなくなったらどうしようって」
「天音……」
「夕奈師匠もいつか大人になって、お母さんになる日が来るかもしれない。そしたら、天音のことなんて構ってくれなくなるよね?」
「そんなことないよ。天音は弟子なんだから」
「師匠とか弟子とか、そういうのも『ごっこ』でしかないの。高校を卒業してお兄ちゃんと離れたら、きっと天音も弟子じゃなくなっちゃうんだもん!」
聞いていて、心臓を鷲掴みされたような気分だった。無垢に笑っているだけだと思っていた彼女が、心の中ではこんなにも先のことを考えているなんて思ってもみなかったから。
そんなことは無いと言ってあげたくても、不確かなことを口にする勇気が持てない。
夕奈が大学に行くのかも分からない。もしかすると就職のために遠くへ行くかもしれない。
そうなれば、天音の言っていることは本当になってしまうだろう。まだ中学生であろう彼女が、今と同じように何かを堪えている姿が目に浮かんだ。
「お兄ちゃん、師匠が家に来るようになってから天音のことをよく気にかけてくれるようになったの」
「……ごめん、ずっと殻にこもってたから」
「師匠と離れたら、また戻っちゃうよ。天音のこと、ハグしてくれなくなるの……」
「そんなことないよ。ずっと大好きな妹なんだから」
そう言って抱きしめてあげると、彼女はコントローラーを床に落として抱き締め返してくれる。
その細い腕からは強い気持ちが伝わってきて、自分まで愛おしいという気持ちが高まって離れたくなくなってしまった。
「お兄ちゃんと師匠が離れない方法は無いのかな」
「どうだろうね」
「ずっと一緒に居られて、天音の傍にもいてくれる。そんな都合のいいこと―――――――」
そこまで言いかけた彼女が「あっ!」と声を発すると同時に、背後でリビングの扉がガチャリと開く。
そこから勢いよく飛び込んできた人影は、ゴロゴロとローリングしながらこちらへと近付いてくると、天音と声を揃えて呟くのだった。
「「結婚すればいい!」」
その後、天音から「師匠と結婚して?」と涙目で頼まれ、キッパリとは断れず、ニヤニヤ顔の夕奈に向かって「考えさせて」と答えることになったことは言うまでもない。
「んふふ、いいお兄ちゃんだねぇ」
「……いつから聞いてたの」
「最初からかな? お母様にやっぱり家で野菜の皮むきをして欲しいって頼まれちゃって」
「それなのに否定しに来なかったんだ?」
「唯斗アニキの見せ場じゃないすかー♪」
「……天音にはもっといい候補を見つけたって言って誤魔化しておくね」
「なんで?!」
「自分の胸に聞いてよ」
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