第384話 バカと洗濯バサミは使いよう
「……まさか、夕奈が勝つとはね」
そう、万が一にもありえないと思っていた夕奈の勝利が、まさかのこのタイミングで訪れたのである。
と言っても技術で負けた訳ではなく、最初の一手を叩き込んでからは夕奈の方がボコボコにされ、5機のうち4機が削られた状況まで追い詰められていた。
もはや天音の勝利は確定と思われたが、次の瞬間コントローラーの電池が切れ、動かなくなってしまったのだ。
慌てて別のものを接続するも、ズルい夕奈はその間に3機削り、残りの2機もお得意のガードボタンを見つけるまでに撃破。
偶然に奇跡が重なり、そこに彼女の大人気なさが合わさった結果の勝利だった。
「ふふふ、大人しく挟まれるのだよ」
「……ねえ、僕が使った洗濯バサミじゃないよね?」
「あれだけ夕奈ちゃんをコケにしたんだから。この程度で許してもらえることを感謝するべし!」
夕奈がそう言っている間も、閉じる度にカチカチと音が鳴るこの洗濯バサミは、唯斗が使ったよくあるV字型のものとは別物。
風速30メートルまでなら余裕で挟んだものを飛ばされない。そうCMで謳われていた、なかなかに強力なやつなのだ。
「待って、それはさすがに痛いと思うよ?」
「夕奈ちゃんも痛かったんだけど」
「でも、あれは自分から名乗り出て……」
「罰、受けるって言ったよね?」
カチカチ、カチカチ。威嚇するように音を鳴らしながら、ずんずんと距離を縮められる。
約束した以上、罰を受けることに不満はない。普通の洗濯バサミだったなら、こんなに抵抗もしなかった。
しかし、今回の洗濯バサミは一度天音に耳たぶを挟まれた経験がある。その時の経験があるからこそ、余計に恐れる気持ちが前に出てしまう。
そんな気持ちを察したのか、夕奈は突然洗濯バサミを引っ込めると、グイッと顔を近付けながらニンマリと笑った。
「……じゃあさ、別のにしてあげよっか?」
「別のって?」
「私を満足させること。何をしてもいいから」
「それはそれで難しそうだけど」
「ルールは簡単。夕奈ちゃんは一度満足するまでは唯斗君に何をされても、何を言われても抵抗しないし怒らないの」
「夕奈が怒らない? 僕がじゃなくて?」
「そう、簡単でしょ。満足すればちゃんと伝える、そこは約束するから」
「……まあ、こっちに断る理由はないね」
制限時間はなし。そして、満足させるまで夕奈には何をしても文句を言わない。
それはつまり、満足さえさせなければ、一生足で踏みつけ続けても何も言われないということだ。
どう考えても唯斗得な罰であり、夕奈の得が生まれるのは相手がほんきで満足させる気があった場合のみに限られるわけで……。
「で、やる?」
しかし、彼はこちらを見つめるの瞳を見て理解した。これは単なる罰ゲームではないと。
彼女は試しているのだ。罰という名目で自分に有利なことを提案された時、唯斗が罰として正しく努力するのか、それとも好き放題してしまうのか。
これは人間性を図る意味での罰。どちらを選んでも満足する結果になるこの駆け引き、夕奈にしては賢い作戦だと思えた。
「やるよ。満足させてあげる」
「そう来なくっちゃね」
クスクスと笑う彼女が「いつでもいいよ?」と挑発してきた瞬間、唯斗は躊躇いなく彼女に抱きつく。
いつもハグを求めてくるのだから、これをされれば必ず満足するはず。そう思っていたのだが、どんな風に抱きしめても満足宣言はされなかった。
「確かにいいと思うよ。でも、今の夕奈ちゃんが求めてるのはそれじゃないかな」
「……何をして欲しいの?」
「それは手探りで探してよ」
「手探りで……?」
まさか、そのままの意味なのかと夕奈のお腹を撫でてみるも、くすぐったがるだけでやはり満足はしていないらしい。
そうなると、もっと難易度の高い部分に触れることか、それに付随する行為ということになるはず。
そこまで推理は出来たものの、まだ選択肢はたんまりと残っていた。
「これは骨が折れそうだね……」
「んふふ、思い切っちゃえ♪」
「それもありだね」
夕奈の言葉で覚悟を決めた唯斗が、深呼吸をしてから胸に触ろうとしたものの、直前で手首を掴まれて停められてしまう。
「そこを触るなら、別の意味で満足させてもらうことになるよ?」
「……どういう意味?」
「えっと、分からないなら知らなくていいけど……」
「でも、満足してくれるのは同じなんでしょ?」
「いやいやいや、だからって自分を捨てないで?! もっといい雰囲気の時に触ってよ!」
「……今更だけど、抵抗しないってルールは?」
「うっ……し、仕方ないじゃん……」
「僕には守らせるのに、自分は破るんだ?」
「ぐぬぬ、そんなに揉みたきゃ揉めばええやろ!」
「あ、別の案思いついたからいいや」
「揉めやぁぁぁぁぁ!」
その後、やっぱり胸はさすがにまずいと思い直しな唯斗は「覚悟決めたのに……」等と文句を言われ、仕方なく間をとってマジックハンドで触ることにしたのだった。
「ほら、これで満足?」
「……無機質だね」
「仕方ないでしょ。あと、文句言わないルール」
「文句じゃなくて感想だしぃ」
5分ほどやり続けて満足しなかった夕奈だが、そんな彼女の「でも、逆にエロいね……」という呟きで少し気まずい空気になったことは言うまでもない。
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