第382話 冬の外出には手袋が必須
自宅に到着した2人は、早速荷物を
「僕の部屋は自由に使っていいから」
「自由に?」
「自由と身勝手は違うから、そこを間違えたらどうなるか分かってるよね?」
「ら、らじゃー!」
「裏を返せば、常識の範囲内でなら自分の部屋だと思ってくれていいってことになるよ」
「せんせー! それは唯斗君にとっての常識なのか、夕奈ちゃんにとっての常識――――――――」
「追い出してもいい?」
「ゆ、唯斗君の常識に従います!」
さっそく暴走しかけている夕奈を
夕奈も潜り込んで来ようとするが、今は一人で寝させて欲しいからと追い出した。
それでも物欲しそうな目でベッド脇から見つめてくるので、仕方なく布団に入れてあげる。
すると、彼女は心底幸せそうに微笑みながら手を握ってきた。一瞬振り払おうかとも思ったが、唯斗はその冷たさに驚いてやっぱりやめてしまう。
「……手、冷たくない?」
「外寒かったから。あと、冷えやすいんだよね」
「だったら言ってよ。手袋貸してあげたのに」
「唯斗君だって寒がりでしょ。それに、こうして手を握る口実になったからラッキーだし?」
「……ほんとずる賢いよね」
「んふふ♪ 唯斗君の手って温かいから、ずっと握ってたくなっちゃうなー」
「別にそれくらいならいいけど。寝るのだけは邪魔しないでね」
「へいへーい」
適当な返事をする夕奈に文句を言ってやりたかったが、段々と同じ温度になっていく手の感覚に誘われるように、眠気が瞼をくすぐってきた。
そうなればあとは身を任せるだけで、寝落ちするまでそう時間はかからない。
事実、次に彼女が「ねえ、唯斗君?」と声をかけた時には既に寝息を立てていたほどだ。
「……こんな無防備に寝ちゃって」
「すぅ……すぅ……」
「まったく、可愛い寝顔をしおって。夕奈ちゃんが変な気を起こさないとでも思ってるのかな」
「すぅ……すぅ……」
「……まあ、何も出来ないんだけどさ」
夕奈も一応頭の中ではイタズラをする妄想をしてみた。ただ、そのどれもが最後にはどうしても唯斗を起こしてしまう。
出来る限り大好きなこの寝顔を見つめていたかった彼女にはそんなことが出来るはずもなく、結局頬をつんつんとしただけで手を引っ込めた。
「唯斗君、命拾いしたね」
「師匠、ヘタレだもんね」
「そうそう、私はいつも思い切れな――――――って、
いつの間にか背後から見ていた天音に声を上げると、彼女は人差し指を唇に当てながら「しぃーっ」と動揺する夕奈を宥めてくれる。
「いつからそこに……?」
「師匠がお兄ちゃんの鼻を舐めようとした辺りかな」
「いや、してないしてない!」
「えへへ、冗談だよ♪ ちょうどお兄ちゃんが寝た頃だと思うよ?」
「ってことは全部聞いてた?」
「もちろん!」
「うっ……奥手な師匠なんて見ないでくれぇ……」
「大丈夫、恋愛に関しては参考にしたことないもん」
「それはそれで刺さるかんね?!」
不満そうに眉をひそめた夕奈だったが、天音から「なら、お手本見せてよ」と言われると困ってしまう。
だって、自分は恋愛マスターなんかではないから、お手本を見せられるような知識も能力も備わっていないのだ。
それでも期待の眼差しを向けられれば義務感に駆られてしまうわけで、せめて何かいい案を捻り出そうと唯斗の顔をのぞき込む。そして。
「隙ありっ!」
「ふぁっ?!」
ここぞとばかりのタイミングで弟子に思いっきり背中を押され、よろけた勢いのまま夕奈の体は彼の上へと倒れてしまった。
女子と言えど、高校生ともなればそれなりの重さはある。そんなものが睡眠中に倒れてこれば、さすがの唯斗も一発で目が覚めた。
「……何してるの?」
「あの、その、これは……」
「はい、有罪」
「なんで?!」
「どうせ襲いに来たんでしょ」
「違うよ? ほら、天音ちゃんからも本当のことを教えて―――――――――あれ?」
こうなったら真犯人に聞いてやろうと振り返るものの、そこには天音の姿は見当たらない。
そのせいでさらに怪しまれてしまった彼女が、何とか一緒にゲームをすると言う約束の元で証言をしてもらい、ようやく誤解が解けたのはそれから30分以上後のことだった。
「ほら、夕奈ちゃんは無罪だよ!」
「疑ってごめん。いつもそういうことばっかりするから悪いとは思うけど」
「余計な一言を追加すな」
「あと、頭悪いし」
「二言なら許されるわけじゃないかんな?!」
「でも、小学生の妹に罪を背負わせる訳には行かないし。誰かが責任を取らないと」
「……分かりましたよ。夕奈ちゃんが悪いですよー」
「よし、じゃあ絞首刑ね」
「重過ぎない?!」
その後、夕奈は弟子の代わりに受ける罰として、洗濯バサミで鼻をつまむという芸を披露させられたということは、また別のお話。
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