第381話 お泊まり前は(色々な)準備をすべし
終業式から土日が過ぎ、迎えた月曜日。
自分から進んで足を運んだわけではない。ハハーンに「給料を出すから荷物を運んであげなさい」と1000円札を渡されたのである。
「それじゃ、夕奈ちゃんのことをよろしくね」
「帰ってくる頃には真面目で頭のいい人間に生まれ変わらせておきます」
「お姉ちゃんはおバカな今の妹も好きだけど。賢くなるならそれはそれで嬉しいかも?」
「さすがに冗談ですよ。1週間じゃ直りませんから」
「あはは、それもそうだね♪」
タクシーで空港に向かう
この程度で1000円が手に入るのなら、これこそ簡単なお仕事だろうと思っていたが、いざ持ち上げてみると予想以上に重かった。
「これ、何が入ってるの?」
「教科書とか辞書かな」
「バレバレの嘘つかなくていいから」
「少しくらい信じてくれてもいいじゃん!」
「夕奈なら持ってきてって言われても、わざと忘れたフリするでしょ」
「っ……そ、そんなことないしぃ……」
「じゃあ、確認してみるね」
「あ、ちょっ――――――――」
慌てて止めて来る彼女とスーツケースの間に体を入れつつ、強引にロックを外して開けてみる。
すると、服や下着、メイク道具か何かだと思われるものの他に、確かに教科書のようなものが入っているではないか。
ただ、それは表面のツルツル感や分厚さの話であって、タイトルや内容はどう考えても教科書にはなり得ない代物だった。
「へぇ、『上手いキスの仕方』ね?」
「うっ……」
「『断られないわがまま』か」
「そ、それは……」
「こっちは『今日から夜這い入門』だってさ。一体何を勉強してたのかな?」
「お、男の子の家に泊まるんだから、それくらい知っておこうと思うのが常識なのだよ!」
「んなわけあるかい。同じベッドでもいいって言ったけど、そういうことをするつもりなら追い出すからね」
「そんな……税込4620円もしたのに……」
ある意味で教科書と言えなくもない3冊を取り上げられた夕奈は、しゅんと肩を落としたものの、「仕方ないか」と素直に諦めてくれる。
こういう時、普段の彼女なら強引にでも取り返しに来るはずだ。そうでなくとも、もう少し張り合いがあってもいいところだろう。
何か怪しいと感じた彼がスーツケースの隅にあるポーチのようなものを退けてみると、やはりそこには本命と思われるもう一冊が隠されていた。
「あのさ、夕奈」
「な、なんでございましょう?」
「こういうことに興味を持つ気持ちは分かるし、通販か何かで買うことに関しても何も言わないよ」
「は、はい……」
「だけどね、隠すならもう少し上手く隠して」
明らかに18禁な本を手渡した唯斗が「見つけちゃったこっちが気まずいんだから」と呟くと、夕奈は顔を真っ赤にしながら小さく頷いて、一度二階へと戻っていく。
それから18禁本をどこかへしまって戻ってきたかと思えば、「忘れて、お願い」と本気のトーンで呟いて先に歩き出してしまった。
「ちょっと、夕奈。鍵閉め忘れてるよ」
彼は何かあった時のためにと陽葵さんから預かった合鍵で玄関に鍵をかけると、スーツケースを持って夕奈を追いかける。
お泊まりが始まる前からかなり疲れた気がするが、この調子で1週間となると身が持たないかもしれなかった。
「あのさ、唯斗君」
「どうしたの」
「さっきの本のことなんだけど……」
「忘れてあげるから」
「『言いふらされたくなければ体で払え、このメスブタ』って言わないの?」
「それを言うような人間なら、僕は夕奈をとっくに押し倒してるだろうね」
「……そっか」
どこか嬉しそうな彼女の顔からはいつの間にか熱も引いていて、ウザ絡みの調子も普段通りに戻っている。
その反動なのか「唯斗君ならいいんだよ?」なんてニヤニヤしながら言ってくるので、とりあえず「言いふらされたくなければ体を大事にして」と脅しておいた。
「唯斗君ってば、なんだかんだ夕奈ちゃんのこと好きじゃん?」
「嫌いな人を家に泊めるわけないでしょ」
「……えへへ、ありがと」
「その言葉、宿泊費として受け取っておいてあげる」
「んふふ、ありがとありがとありがと!」
「はい、超過御礼の罪で廊下就寝の刑ね」
「なんで?!」
「最初の1回が一番気持ちが伝わったからだよ」
そんなことを言いつつも、結局「まあ、有り難がられて悪い気はしないけど」と免罪してあげる唯斗は、後々自分の甘さを反省するのであった。
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