第374話 休憩も大事だけれど、それを言っていいのはちゃんとテスト勉強した人だけ

 プールから数日が経って、テストまであと3日という日の放課後。

 唯斗ゆいとの部屋には夕奈ゆうなだけでなく、少し遅れてやってきた瑞希みずきたち4人の姿もあった。

 彼女たちの方は勉強が目的ではなく、夕奈がちゃんとやっているかを監視しに来てくれたんだとか。


「おお、珍しく頑張ってるな」

「その調子だよ〜♪」

「がんば」

「応援してますからね!」


 みんなの声援を受けながら数学の問題を解き終え、凛々しい表情でノートを差し出してくる夕奈。

 少しばかり期待しつつ確認してみたものの、当たり前のように全問不正解だった。応援を力に変えられるタイプではないらしい。


「全然成長してないんだけど。もう一回やりなおし」

「ええ、もう30分も勉強してるのに……」

「30時間しても足りないくらいなんだけど?」

「ちぇ……やればいいんでしょ、やれば」


 不貞腐れながらも、渋々同じ問題に取り掛かってくれる彼女。30分後、再度採点したところ、全問正解は夢のまた夢ではあるものの、半分くらいは丸を付けられた。

 出来て当たり前の基礎問題の段階だから褒めるにも値しないが、夕奈にしてはよくやったとご褒美に飴玉を一つ口に放り込んであげる。


「んふふ♪ じゃあ、1時間頑張ったから休憩ね!」

「そんな余裕はないよ」

「いいじゃん、ちょっとだけだし」

「ちょっとって何分?」

「60分くらい?」

「30秒で十分そうだね」

「やっぱり15分でいいです……」

「へえ、15分なんだ」

「じゅ、10分……?」

「自分からそう言ってくれて嬉しいよ」


 ウンウンと頷きながらタイマーを10分にセットする唯斗に、夕奈は「言わされたんだし」と小声で文句を言いつつ、ベッドに寝転がって伸びをした。

 勝手に使うなと怒ろうかとも思ったものの、休憩を邪魔して文句を言われれば、こちらが折れなくてはならなくなりそうなので黙っておく。

 ただ、それをいいことに枕の匂いを嗅ぎ始めた時には、さすがに取り上げてやったけれど。


「ああ、私のゴンザレスがぁ……」

「人の枕に勝手に名前をつけないでよ。3万円もしたんだから」

「枕に3万も?!」

「睡眠が何より大切だからね」

「ゴンザレス……伯爵……」

「位をつければいいって問題じゃないんだけど」

「唯斗伯爵?」

「僕につけてもダメ」


 そう言って枕は自分のものだと抱きしめて見せるも、結局あまりにも欲しがるので渋々使わせてあげることにした。

 ただし、夕奈に命名されたものをそのまま使うことになるのは癪に障るので、エリザベート3世に改名するという約束のもとである。


「ふはぁ……ほんとだ、高いだけあって寝心地がいいのが分かるよ」

「でしょ?」

「毎晩唯斗君のベッドで寝たいくらい」

「自分で買えばいいじゃん」

「それだと唯斗君がついてこないから意味ないし」

「百歩譲ってここで夕奈が寝たとしても、どの道僕はついてこないよ」

「ふっ、テストで100点取ったら拒めないのさ!」

「そのための勉強を教えるのは僕なんだよ? 取らせない程度にやらせるに決まってるじゃん」

「あんたは鬼か!」


 彼女の言っていることはごもっともではあるが、唯斗からすれば寝床を占領される危機なのだ。

 それをわざわざ100点のご褒美である命令権を使ってまでするとは、それこそ鬼の所業に違いない。

 もちろん、保身のために家庭教師係の手を抜いたりするというのは冗談だけれど。例えご褒美のごの字も無いとしても。


「ねえねえ、唯斗君」

「今度はなに?」

「夕奈ちゃん、面白いゲーム思いついちゃったんだけどやってみない?」

「やらない。休憩はあと5分だよ」

「すぐ終わるからさ、いいでしょ?」


 5分で終わるというのなら問題は無いかもしれないが、おそらく説明などを含めば延長せざるを得なくなる。

 唯斗もゲーム途中で『はい、やーめた』なんてことはしたくないので、これは彼なりの優しさで断ってあげているのだ。

 しかし、あまりにも引く気のない様子を見た瑞希が「1回だけやってやってくれ」と頼んできたので、仕方なく付き合ってあげることにする。


「で、どんなゲームなの?」

「その名も透明人間ゲーム!」

「透明人間ゲーム?」

「題名の通り、夕奈ちゃんが透明人間になるってゲームなの!」


 にんまりと緩む口元を見て、早くも引き受けたことを後悔し始めたことは言うまでもない。

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