第375話 LET'S 透明人間ゲーム

【透明人間ゲームとは?】

 透明人間役と普通の人間役を決め、普通の人間役はいつも通り普通に生活をしてもらう。

 透明人間役は普通の人間役に5分間何かしらのアクションを起こし続け、『驚いた声を出す』『勢いよく振り返る』『意識的に透明人間役に触れる』などの明らかな反応をさせれば勝利。

 逆に普通の人間役は、5分間耐え切ることが出来れば勝利となる。


 以上の説明を受けた唯斗ゆいとは、ルール自体は理解しつつも『いつも通り普通に生活をする』という部分に首を傾げた。


「いつも通りって言われても難しいよ。そもそも、みんながいる時点でいつも通りではないし」

「そこは臨機応変に動いてよ」

「……仕方ないなぁ」


 あまり気乗りはしないものの、やると言ったからには今更取り消しは出来ない。

 彼は自分のいつも通りの生活を思い出しながら、「準備出来たよ」と夕奈に伝えた。


「よし、それじゃあスタート!」


 その合図と同時に唯斗は彼女から視線を逸らすと、まずは目の前に教科書を広げて勉強を始めた。

 集中さえしていれば、ちょっとやそっとのことに反応したりはしないと踏んだのである。

 ただ、夕奈の方も勝つ気満々なようで、早速背後にやってきて膝立ちになると、耳元に口を寄せて囁いてきた。


「ここはこの公式を使ったら簡単になるかな」

「唯斗君、偉いね。頑張ってるじゃん、夕奈ちゃんが褒めてあげよっか?」

「次はここの式に当てはめればいいよね」

「負けちゃっていいんだよ? 我慢は辛いもんね、反応しちゃえ反応しちゃえ♪」

「えっと、ここの問題は……」


 わざと考えていることを口に出して気を紛らわせようとするも、逆に思考が阻害されていることを知らせてしまったらしい。

 夕奈は意地悪そうに笑うと、唇を軽く突き出した状態で唯斗の耳に息を吹きかけてくる。

 普段ならこんなことくらい反応しないなんて簡単ではあるものの、してはいけないという緊張感とみんなが見ているという状況のせいで少し調子が狂っていた。


「っ……」

「あれあれ? これでも我慢できちゃうなんて、思ったよりしぶといね、唯斗君」

「…………」

「それじゃあ、こういうのはどうかな?」


 彼女はそう言いながら目の前で右手の人差し指を振って見せると、それをそのまま彼の右耳に突っ込んでくる。

 耳かきならぬ指かきと呼ばれるもので、ASMR界ではそこそこいい音が出ると有名な手法だ。

 リアルでされることなんて無いと言っても過言ではない唯斗にとって、この刺激は予想外であると同時に許容範囲を超えていた。

 それでも息を止めることで何とか漏れそうになる声を堪えたのだから、この頑張りを誰かに褒めてもらいたいくらいである。


「……眠くなってきたから寝ようかな」


 このままここに座っていると、更にエスカレートしてくるかもしれない。

 それに、眠ってしまえば何も反応することなんてないのだ。要するにすぐに寝られる唯斗にとって、ベッドで眠る『いつも通り』こそが最適解と言える。

 そう考えた彼は立ち上がると、さっさとベッドの上へ移動してしまって目を閉じた。それが一番危険であるとも知らずに。


「あーあ、唯斗君。反応しちゃいけないのに、そんな無防備な姿を晒しちゃうなんてね」

「…………」

「これはつまり、『夕奈ちゃんに何されてもいい』ってことかな? うんうん、そうに違いない!」


 うっすらと目を開けると、ベッドが軋む音とともに夕奈が自分の上に仁王立ちしている姿が見える。

 スカートの中が見えているのは反応させるための作戦か、それとも単に彼女がおバカなだけなのか。

 どちらにしても注意することなんて出来ないので、一応目に焼き付けるだけ焼き付けておいて沈黙を貫いた。


「んふふ、今のうちに普段からしたかったことをしとかないと♪」


 夕奈はそう言ってゆっくりと腰を下ろすと、彼に覆い被さるように寝転んでから顔の位置を調節するために少し下へ移動する。

 そんな何でもないような少しの動きでさえ、何も考えないようにと思えば思うほどおかしな考えが湧き出てしまうというもの。

 普段は壁だとか何も無いなんてからかっている彼女の胸でさえ、その女の子特有の柔らかさを感じ取れてしまうほどに。


「唯斗君、抵抗するなら今のうちだよ?」

「すぅ……すぅ……」

「なるほど、寝たフリね。そういう覚悟があるならこっちも遠慮はしないかんな!」


 夕奈がそう宣言した数秒後、生暖かい吐息が首筋を撫でたかと思えば、鋭い痛みが左肩にビリッと走った。

 一体何事かと閉じていた瞳を開いてみれば、彼女が首筋に噛み付いているではないか。

 それだけでは飽き足らず、「あむあむ……」なんて言いながら甘噛みを繰り返してくる。

 その度に八重歯がツンツンと当たり、心地いいのか心地悪いのか分からない感覚に襲われた。


「っ……」

「文化祭の時に噛み付いてから、いつかもう一回して見たいって思ってたの」

「…………」

「ほら、歯型がついちゃったよ。これで唯斗君は夕奈ちゃんのものだね♪」


 それでも、これは快感でも強い痛みでも苦手な電気でもない。よく分からない程度の感覚なんて反応するに値しない。

 確かに心の中ではそう思っていたのだ。思っていたにも関わらず、唯斗は気が付けば再度噛み付こうとする夕奈の口を手で塞いでいた。


「……負けでいいから、もう勘弁してよ」

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