第373話 楽しい日でもしなければならない話がある

 あれからウォータースライダーや頭から大量の水を被るアトラクション、水を使った遊具などで遊んだ3人は、最後に流れるプールを一周してから更衣室へと向かった。

 室内とは言え広々としていて、施設も充実していただけに、これ以上は唯斗の体が持たないところまで来てしまったのだ。


「はぁ、楽しかったねぇ」

「やっぱりプールはいくつになっても楽しめる!」

陽葵ひまりさん、後半かなりはしゃいでましたもんね」

「唯斗くんの前だから大人なところを見せたかったんだけどね。自分は偽らない方が楽しいね」


 ゲートを出る時にご飯代や浮き輪のレンタル代を払い、行きで歩いた道の通りに駅へと向かう。

 値段を見た唯斗はさすがに少しくらい自分も出すと財布を取り出したものの、お姉さんはやっぱりどうしても譲りたくないらしかった。

 もはやそこに拘ってる時点で少し子供っぽくはあるものの、「返したいなら出世払いで3倍ね?」とまで言われてしまえば甘える他に道は無い。

 若干カッコつけているように見えなくもない陽葵さんの顔に免じて、お札が1枚も無くなってしまった財布については記憶から消去することにした。


「今度はマルちゃんたちを誘って来よっかな」

「それは楽しそうだね」

「唯斗君も来たい? どうしてもって言うなら、夕奈ゆうなちゃんにキスしてくれたらOKしてあげるけど」

「来るなって言われてると思っていいのかな」

「先っぽだけでいいからさ?」

「先っぽまで許したなら全部するでしょ」

「……もう、唯斗君のえっちぃ♪」

「いや、何が?」


 自分から言い出しておきながら変なことを想像しているらしい夕奈は、軽くデコピンして正気に戻すとして。

 それでもヘラヘラしているので、まだ使うまいと思っていた秘技『テスト近いよね砲』を発動したらしゅんと大人しくなってくれた。


「せっかく忘れてたのに……」

「世界で一番忘れちゃダメな人間なのに」

「そんなに酷くないですぅ。それに最近はちゃんと勉強してるもん」

「どれくらい?」

「15分やって休憩45分を2セット!」

「うん、馬鹿野郎」

「なっ?! す、ストレート過ぎない?!」

「ごめんごめん、つい本心が飛び出しちゃった」


 唯斗は口では謝るものの、心の中ではやっぱりバカにも程があると呆れつつ、「勉強を45分にしようね」と優しく諭してあげる。


「夕奈ちゃん、そんなに集中出来ない!」

「そんなんじゃ100点は夢のまた夢だね。せっかく取れたら言うこと聞いてあげるって約束したのに」

「…………忘れてた」

「そのまま忘れたままでもいいよ」

「二度と忘れない! 末代まで覚えさせる!」

「無駄と苦痛の塊でしかないからやめてあげて」


 とりあえず、約束のことを思い出したことで少しはやる気になってくれたらしい。

 唯斗がもう一押しとばかりに「僕が勉強を見てあげるから」と伝えると、夕奈は何やら不満そうに「えぇ……」とため息をこぼした。


「何か不満?」

「だってさ、唯斗君が居たら集中出来ないじゃん」

「誰も居なくても集中しないくせに」

「そうじゃなくて……考えちゃうって言うか?」

「え、考えたことあるの?」

「夕奈ちゃん、そんな下等生物だと思われてた?!」

「冗談だよ。でも、何を考えるの?」


 彼の質問に少し恥じらうような仕草を見せた夕奈は、一度深呼吸をしてから小声で囁いてくる。

 しかし、よく聞こえないので「もう一回言って」とリクエストをしようとしたら、こっそり聞き耳を立てていたらしい陽葵さんが代わりに教えてくれた。


「『何をしたら唯斗君が喜ぶのか』だってね」

「よく聞こえましたね」

「妹の考えてることがわからなくて、何がお姉ちゃんだ……ってね♪」

「へえ、僕も理解出来たら楽なんですけど」

「ふっ、夕奈ちゃんは掴めない女なんだZE✩」

「確かに掴めなさそう」

「……胸を見ながら言わないでもらえます?」


 その後、「掴めるかどうか試してみる?」と言われた唯斗が、即お断りしたことは言うまでもない。

 ただ、彼にとってひとつ気になるのは、夕奈が自分が何に喜ぶかを考えてくれていることの方だ。

 どうせなら良い点を取って喜ばせて欲しいところではあるものの、彼女なりの答えが気にならないでもない。

 そんなことを思ったりもしたが、どうせトラブルの種にしかならないだろうと忘れることにする唯斗であった。

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