第372話 弟妹論争

 必死に許しをうて来る姿に免じて夕奈ゆうなを許してあげた唯斗ゆいとは、あれからもう一度流れるプールと波のプールに一度ずつ行ってから、かなり遅めの昼食をとることにした。


「夕奈ちゃん、フランクフルトー!」

「海では売り切れだったもんね」

「ふふふ、もうアメリカンドッグと見分けつけられるようになったかんね!」

「ドヤ顔することじゃないけど」

「それじゃあ、お姉ちゃんはラーメンにしようかな。唯斗くんは何にする?」

「3個入りのおにぎりにします」

「よし、じゃあ注文してくるから待ってて」


 買いに行ってくれた陽葵ひまりさんの代わりに、2人は空いているテーブルを探して座っておく。

 夕奈が「2人きりだね♪」とか何とか言ってきてはいたものの、どう見ても周りに人がいるので無視しておいた。


「お待たせ。はい、夕奈ちゃんの分」

「ありがと!」

「こっちが唯斗くんの分ね」

「ありがとうございます」


 10分ほどして戻ってきたお姉さんは、丁寧に2人の前へフランクフルトとおにぎりを置いてくれる。

 それから自分の席の前にラーメンを置くと、3人揃って「いただきます」をして食べ始めた。

 食事シーンは割愛させてもらうとして、自分が片付けをすると子供のように言い張った夕奈がすってんころりん。

 残っていたラーメンの汁を頭から被り、大変なことになったということだけは記しておこう。


「ゆ、夕奈ちゃん、大丈夫?!」

「あはは……平気平気!」

「だから僕がやるって言ったのに」

「もう、ごめんってば。夕奈ちゃんだって背伸びしたい年頃なんですよーだ!」

「背伸びする前に足元しっかりしといてよね」


 やれやれと呆れつつも、さすがにこのまま見捨てる訳には行かないので、「私が片付けておくから」と言ってくれる陽葵さんにその場は任せ、唯斗は夕奈をシャワーへ連れていった。

 彼女の頭から美味しそうな匂いがしては困るので、体は自分で何とかしてもらうとして、代わりに髪の毛を念入りに洗ってあげる。

 頭皮から髪の中、毛先とこれだけ丁寧に洗い流せば、きっとプールの水に豚骨スープが混ざることは無いだろう。

 彼はそう納得出来るまで完璧に洗い終えると、頭を振って水気を飛ばした夕奈の髪をそっと整えてあげた。


「どう、可愛い?」

「はいはい、いつも通り可愛いよ」

「んふふ♪ 唯斗君もかっこいいよ!」


 そう言いながら頭を撫でてくる彼女に子供扱いされている気はしないでもないが、意外と心地いいのでしばらくそのままにしておく。

 すると、調子に乗ったらしい彼女が「弟君は甘えん坊でちゅねー♪」なんて言ってくるので、仕返しに「妹ちゃんは馬鹿だね」と言いながら頭を撫でてやった。


「なっ?! 唯斗君が弟でしょ!」

「背の順だから夕奈が妹」

「そんなのずるいし。体育の成績順!」

「それを言うならテストの点数順じゃない?」

「とにかく唯斗君が弟!」

「死んでもイヤだね」

「毎晩優しく寝かしつけてあげるのに?」

「雑音があると寝れないんだけど」

「人を雑音扱いすな」

「とにかく夕奈がお姉ちゃんなんて絶望だから」

「むっ、そんなに言わなくても……」


 悔しそうに頬を膨らませる彼女だったが、何やら少し考え込んでから「ああ、確かにお姉ちゃんじゃダメだ」と納得したらしい。

 唯斗が一体どうしたのかと首を捻っていると、ニヤニヤと笑う夕奈が人差し指でつんつんと頬を突いてきた。


「夕奈ちゃん、やっぱりお姉ちゃんやめる!」

「急にどうしたの」

「姉とか妹だったら唯斗君が可哀想じゃん?」

「どういうこと?」

「だって、こんな美少女が目の前にいるのに、絶対に結婚出来ないなんてもはや拷問だし!」

「……は?」

「よし、お姉ちゃんじゃ無くなったから唯斗君もチャンスだよ。今なら洗ってくれたお礼にキスまでなら許してあげよう!」

「するわけないじゃん」


 思考回路がボンバーしている夕奈には、とりあえずもう一度冷水シャワーを浴びてもらって頭を冷やさせたことは言うまでもない。


「落ち着いた?」

「……落ち着きまひた」

「それじゃあ、お礼についてだけど」

「き、キスしてくれるの?」

「いや、しないよ」

「ええ、ケチぃ」

「だって夕奈、キスなら許すって言ったじゃん。てことは、それ以下ならなんでもいいんだよね」

「まあ、そうなる……のかな?」

「それならお願いするけど―――――――――」


 その後、夕奈が15分間マッサージをさせられることになるということは、また別のお話である。

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