第370話 自分の優しさに抗えない
罰ゲームを終えた後、少し遅れて追い付いてきた
「それにしても
「やめてください、あくまで罰だったんですから」
「他の人には分からないことだからね。いっそのこと、本物になっちゃえばいいのに」
「僕を殺す気ですか?」
「姉としての色眼鏡かもしれないけど、あの子ってかなり優良物件だと思うよ?」
「それは分かってますよ。僕と性格的に合わないってだけです」
唯斗がそう言っている間も、
こんな子供のような遊びに夢中になるような人は、友人までで十分なのだ。もちろん、
「でも、唯斗くんって夕奈ちゃんのこと好きだよね?」
「それはどういう意味ですか」
「人間としてだよ」
「……まあ、そういう意味では嫌いじゃないですよ。友達想いなところとかは素直に尊敬しますし」
「だったら、あの子の気持ちに応えてくれる可能性もあるってこと?」
「どうでしょうね、僕にもわかりません」
「じゃあ、質問を変えようか。夕奈ちゃんが変な男に絡まれてたらどうする?」
「……ん?」
陽葵さんの言葉と視線に違和感を覚えた彼が振り返ってみると、夕奈がまさに今男二人に話しかけられている最中だった。
以前に海でもナンパというものはあったが、あの時は
しかし、今回は夕奈のみ。おまけに男二人は彼女よりかなり身長が高くゴツイ雰囲気だ。
さすがに一人で対処するのは難しいだろう。そう思った矢先、こちらに逃げようとした夕奈の腕を片方の男が掴んで引き止める。
「陽葵さん、妹を見捨てるんですか?」
「お姉さんは君を信じてるよ」
「随分と無責任ですね」
「実を言うと、私って夕奈ちゃんと違って運動神経ゼロだからさ。ひ弱な女の子に無理させるような男の子じゃないよね?」
「……分かりましたよ」
唯斗はため息をつくと、助けに行くべく一歩を踏み出す。しかし、夕奈で抜け出せない包囲網をどう考えても唯斗の力で突破するのは不可能だ。
つまり、ここは力ではなく頭を使う必要があるということ。男二人が驚いている隙に連れ戻す作戦が最適だろう。
心の中でそう呟いた彼は、一度深呼吸をしてから夕奈目掛けて走り出す。途中で係員さんに見られたけれど気にしない。
唯斗はブレーキ時に発生するプール特有の滑りを利用して勢いを調節すると、自分というものを殺すつもりで彼女に抱きついた。そして。
「お姉ちゃん!」
気持ち腰をかがめて背を低くしながら、少し子供っぽい声を意識して、夕奈のことを『お姉ちゃん』と呼んだ。
これには二人の男も目を丸くしたようで、「お姉ちゃん……?」と首を傾げる彼女の視線に耐えながら演技を続ける。
「お姉ちゃん、探したよ。ほら、早く行かないと向こうのプール混んじゃう」
「いやいや、誰がお姉ちゃんやねん」
しかし、渾身の演技も空気を読無ことを知らない夕奈相手に虚しく散った。
絶対にお姉ちゃんである振りをして、この場を何とか切り抜けるべき展開だと言うのに。
後々やってくる羞恥心だとか、からかわれるだとかの部分は全て我慢する覚悟は出来ていたと言うのに……。
「夕奈、少しは理解してよ。ナンパから逃げるための嘘なんだから」
「ナンパ?」
「そう、この人たちに絡まれてたでしょ」
「別に絡まれてるわけじゃないんだけど」
「……でも、助けを求めてたよね?」
「それは正解。だって、何言ってるか分かんないんだもん」
唯斗はこっちこそ何言ってるか分からない状態だとため息をつきたくなるが、ナンパだと思っていた男たちの顔を再確認してようやく理解した。
顔が濃いめなせいで遠くからではわからなかったものの、2人とも外国からのお客さんなのだ。
つまり、夕奈の言う『何言ってるか分からない』というのは、『日本語が通じない』という意味だったのである。
「夕奈ちゃん、英語わかんないからさ。唯斗君なら聞き取れるのかなって」
「ああ、そういうことか」
勘違いしたのは自分のせいでもあるものの、原因である陽葵さんには軽く怒りの眼差しを飛ばしておいた。
それでも『てへぺろ♪』なんてやってくる辺り、反省していないらしいのでお仕置きをしておこう。
そう心に誓った唯斗が、きっちりと2人の男性に英語でトイレの場所を教えてあげたことは言うまでもない。
すごく笑顔で感謝されたけど、迷惑かけたのはこっちなのにね。
「というか、トイレの場所くらい教えれるようになっといてよ」
「ぐぬぬ……でも、唯斗君が来てくれたからお姉ちゃん助かっちゃった♪」
「……そういうところが嫌い」
「ふふ、もっとお姉ちゃんに抱きついてもいいよ?」
「もう二度と助けてあげないから」
「照れちゃって、可愛い弟めー♪」
「……はぁ、見捨てればよかった」
次に夕奈がナンパにあっていたら、絶対に気付いているアピールをしながら無視してやろう。
そう悪になることを心に誓いながらも、多分助けようとはしてしまうのだろうと自分の優しさを恨む唯斗であった。
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