第369話 プールでのスキンシップには気を付けた方がいい

「……えっと、これはどういう状況?」

「見たらわかるっしょ?」

「分かりたくないから聞いてるんだけど」


 そんな会話をする唯斗ゆいと夕奈ゆうなは、現在浮き輪の上で流れるプールの安心安全な速度に身を委ねているところだ。

 しかし、平然とした顔の夕奈と正反対に、唯斗はプール以外のものに対して身の危険を感じていた。

 だって、彼女が自分の腰の上に跨り、優越感に浸るようなドヤ顔を見せつけてきているから。


「仕方ない、教えてやるか」


 やれやれと言いたげに首を横に振った夕奈は、つい数分前の出来事を順番に話してくれた。

 それによると、彼女から浮き輪を譲ってもらった唯斗が浮き輪を水面に浮かべ、その上に乗って穴にお尻を入れる。

 それを見計らったようなタイミングで、夕奈が彼の上に乗っかり、その勢いでプールサイドから離れて流され始めてしまった、とのこと。

 唯斗の記憶にあるのと何ら違いないことから、自分がよからぬ薬を飲まされて幻想を見ている訳では無いことはわかった。

 しかし、夢でも幻でもないとしてもそれはそれで問題がある。だって、身動きが取れない状況で彼女に主導権を渡したも同義なのだから。


「さて、唯斗君をどう調理ちゃおうかな」

「悪役みたいなこと言わないでよ」

「冗談はさておき、2人で浮き輪を使えるし、唯斗君の腹筋トレーニングにもなるしで一石二鳥じゃん?」

「僕は別に鍛えたくないんだけど」

「そう言わずに、ね? モテモテになるよ!」

「好きな人以外から好かれてもね」

「夕奈ちゃんからもモテるよ!」

「世界一取り扱いに困る好意だね」

「もう、天邪鬼あまのじゃくめー♪」

「……あれ、嫌味が通じてない?」


 ケラケラと笑いながら頬をつついてくる彼女の人差し指を手の甲で払いつつ、言葉で退かせるのは難しそうなので強硬手段に出ることにする。

 唯斗は夕奈の腰に手を添えると、その体にある全ての力を腕に集結させて持ち上げようとした。

 ただ、足が地面についていないせいで踏ん張れず、排除対象の反応と言えば「くすぐったいよー」なんて言って身をよじるだけ。

 どうやらこちらの作戦も失敗に終わったらしい。唯斗の経験上、そもそも踏ん張れたところで持ち上がらなかったのだろうが。


「さすがのしつこさだね」

「ふふふ、褒め言葉として受け取っておこう!」

「随分とポジティブな悪役だよ」


 普段ならここで唯斗が折れてしまう頃だが、彼も全ての手が尽きた訳では無い。

 上に持ち上げられなくとも、一時的に気を逸らして横に押せば浮き輪から落とすことはそう難しくないはずなのだ。

 そう考えた唯斗は、心のどこかでもう使うことは無いと思っていたあの言葉を口にする。


「あ、UFOだ」

「へっ?! どこどこ!」


 今どき小学生でも引っかからないであろう文言にあっさりと注意を引かれ、指差した先をキョロキョロと探し始める夕奈。

 その明らかな隙を狙って唯斗は彼女の腕を掴むと、思いっきり人のいない水面へと引っ張った。

 不意をつかれたことで夕奈の体は大きく傾き、状況を理解出来ていなさそうな間抜け面のままドボンと落ち―――――――――。


「おっと、夕奈ちゃんを甘く見ちゃいけないねー?」


 ――――――――ることはなく、さすがの運動神経で浮き輪の上に逆立ちしたかと思えば、くるりと向きを変えて再度彼の上に座り直した。

 その人間離れした動きに目を丸くした矢先、先程までと違ってこちらに背中を向けている彼女は、何やらモジモジとしながら半面だけをこちらに振り返らせる。そして。


「……なんかこの体勢、エロくない?」


 そう言われてしまえば、ずっと意識しないようにしていたものが流れ込むように脳内へやってきて、唯斗はそのまましゅんと抵抗しなくなった。


「あれ、唯斗君? おーい、生きてる?」

「……」

「死んだらしい。よし、チューしちゃおっと」

「そういうことは軽々しく言わないで」

「何さ、キスくらい今更じゃん!」

「そっちじゃなくて、その前のこと」

「ああ、エロくない?ってやつね」


 夕奈は「意識しちゃうんだ?」なんて言いながら口元をニヤつかせると、何を思ったのかそのままゆっくりと倒れてくる。

 逃げ場のない唯斗は彼女を受け止める以外に選択肢はなく、触れてくる素肌のすべすべ感に女の子らしさを感じていると―――――――――。


「んふふ♪ 夕奈ちゃんも女の子だかんね、ちゃんと分かっといてもらわないと」


 天井を見上げながら零したその言葉に、自分が手のひらの上で踊らされていたのだと思い知ったのであった。


「……夕奈のくせに」

「その夕奈ちゃんに負けたのはどこの誰かな?」

「負けてないよ。まだ地上で戦ってないし」

「なるほど、勝算があると」

「……いや、ないけど」


 その後、プールサイドで行われた取っ組み合いにあっさり敗北し、罰ゲームとして夕奈をおんぶしながら流れるプールを一周歩かされたことは言うまでもない。


「行け、唯斗君号!」

「恥ずかしいからやめてよ」

「夕奈ちゃんと密着してることより恥ずかしい?」

「……もう文句言わないから黙ってて」

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