第368話 たかし君達3人は浮き輪を2つ持っていました。さて、全員が浮き輪に乗るにはどうすればいいでしょう。

 あれから更衣室へ入った3人は、5分ほどして唯斗ゆいとが、更に10分ほどして夕奈ゆうな陽葵ひまりさんが出てきた。


「いやぁ、室内だから水着でもポカポカするね」

「これならお姉ちゃん、もっと際どいのでも良かったかも」

「それは勘弁してくださいよ、今でさえ周りの目が気になるんですから」

「唯斗くんの目も引き付けちゃってるかな?」

「まあ、健全な男子高校生ですからね」


 陽葵さんのスタイルの良さには、さすがに横を通り過ぎるのに一度見だけでは足りない。

 二度見や三度見をついついしてしまう魅力があることは確かなので、唯斗がチラチラと見たくなってしまうこともおかしなことでは無いのだ。

 そう、決しておかしなことでは無いはずだと言うのに、どうして夕奈は先程からこちらを睨んでいるのかが不思議で仕方がない。


「……ああ、夕奈の水着も似合ってるよ」

「ふっ、苦しゅうない」

「ご期待に添えたようで何よりです」

「でも、言うの遅かったから罰ゲーム」

「心から言いたかったらすぐ言ったんだけど」

「よし、全身くすぐりの刑に決定」

「僕に効かないって知ってるよね?」

「ぐぬぬ……じゃあ、全身ビリビリの刑!」

「……帰ってもいい?」

「し、仕方ないからハグだけにしてあげるし」


 独裁裁判官夕奈が減刑してくれたので、それに免じて仕方なく刑を執行させてあげた。

 彼女は「ああ、さすが優しい夕奈ちゃんだなー」なんて自己満足に浸っているが、水着の感想を眼力でクレクレした人が優しいはずがない。

 唯斗は心の中でそう呟きながらも、罰ゲームを増やされたら堪らないので、ただただ黙って両手を広げる夕奈の腕の中へと踏み込んだ。


「……水着でハグって変な感じだね」

「私もそう思ってたところ。なんと言うか……肌がすごい触れてくるし……」

「夕奈に胸がないことが救いだったかも」

「それはどういう意味かな? 答えによってはこのまま逆スープレックスしちゃうけど」

「胸以外は魅力的ってことだよ」

「……怒っていいのか判断に困っちゃうね」


 彼女はしばらく迷った挙句、一度離れてから再度ハグをして「これで許してあげる」と言ってくれる。

 それから彼の手を握ると、「早く泳ごうよ!」と一般的な25メートルプールに向かって歩き始めた。


「ええ、僕は流れるプールがいいな」

「別にそっちでもいいけど、それなら浮き輪がある方が良くない?」

「浮き輪なんて持ってきてないよ」

「さっき、レンタルできるところがあるってお姉ちゃんが言ってたけど……」


 夕奈がそう言いながら陽葵さんの方を見ると、彼女は親指を立てながら「任せなさい!」とお店がある方へと走っていった。

 途中で係員さんに「走らないで」と注意されて頭を下げていたけれど、視線が別の方に向いた瞬間にまた走ってたよ。

 見た目はあんなに大人で恋愛経験も豊富なのに、中身はまだまだ夕奈と同じくらい子供なんだね。


「ほら、借りてきたよ!」

「ありがとうございます……って、どうして2つだけなんですか?」

「ふふふ、2つで足りるからに決まってるでしょ」


 唯斗の質問にそう答えながら、片方の浮き輪の穴の中に入って腰の高さで抱える陽葵さん。

 彼女はもうひとつの方をこちらに渡すと、「レンタル代、思ったより高くてね。2つで勘弁して!」と頭を下げてきた。


「いや、それくらい自分で出しますから」

「そんなことは未来のお姉ちゃんとして出来ない!」

「だから勝手に決めないでもらえます?」

「お姉さんのプライドを守ると思って、ね!」

「……仕方ないですね。お金は出してもらってますし、文句は言えませんから」


 陽葵さんも大学生、お金に余裕があるような年齢ではないはず。それなのにこうして年上だからと意地を張っているのは、かっこいいお姉さんとしての威厳を考えてのことだろう。

 彼は心の中でそう呟くと、陽葵さんが自分の妹のためにお金を使ったということにしておこうと夕奈に浮き輪を手渡した。しかし。


「いいよいいよ、唯斗君が使ってよ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 この時の選択がのちのち面倒なことに繋がってしまうなんて、微塵も考えていなかった―――――。

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