第356話 長いものに巻かれるべき時もある

 闇鍋と普通の鍋を満喫した一行は、時計が9時を回ったのを見て「そろそろ帰るか」という瑞希みずきの言葉に頷く。

 ほぼ寝かけていた唯斗ゆいとも重い腰を上げ、玄関まで見送って手を振ろうとしていたところで、背後から現れたハハーンにお尻を叩かれた。


「こんな時間に女の子だけで歩かせるつもり?」

「そう言われても、僕よりみんなの方が強いし」

「それは体の話でしょう。怖い人に襲われて傷つくのは、目に見えない場所なのよ」


 そう言われて、彼の頭に思い出したくなかった出来事が浮かんでくる。

 あまりのふざけようを反省させようとして夕奈を押し倒したはいいものの、加減が分からずに泣かせてしまった時のことだ。

 自分にその気がなかったからいいものの、もし悪意のある相手だったなら……と考えると、ハハーンの言葉も珍しく正しいと思えた。


「分かった、行ってくる」

「うむ。あと、帰りに私のアイスを買ってきなさい」

「……まさか、パシリにしたかっただけ?」

「ついでなんだから文句言わない」

「でも……」

「小遣いが減るわよ?」

「お母様の仰せのままに」


 以前半額まで落とされたお小遣いが、つい最近元の金額に戻ったところなのだ。

 また大魔王の奥義、理不尽バーストを発動されてはたまらないので、ここは言われた通りに従うロボットを演じておこう。

 唯斗は心の中でそう呟くと、アイス代を受け取って夕奈たちの後を追うべく家を飛び出した。


「おお、唯斗君。どしたの」

「母さんが駅まで送っていけって」


 追いついてすぐ夕奈にそう伝えると、彼女は「えぇ……」とため息をついて、瑞希が「ほらな?」と誇らしげな表情を見せる。

 話を聞いてみると、もし唯斗が追いかけ来た場合、自主的な行動か誰かに促されての行動かで賭けていたんだとか。

 そして結果は言わずもがな瑞希の予想が的中したため、夕奈は掛け金である焼き芋を奢らなければならなくなった。


「ぐぬぬ……どうして自主的に来ないのさ」

「僕がそんなことするわけないじゃん」

「あーあ、信じてたのになー!」

「信じられる方の身にもなってよ」

「何のプレッシャーも感じてないでしょ」

「そんなに言うなら、夕奈も僕が信じたら頑張ってくれるの?」

「期待に応える女だかんね!」


 そう言って胸を張る彼女に「期末テストで満点楽しみにしてる」と伝えると、突然頭を抑えながら「勉強アレルギーの症状が……」なんて言い始める。

 どう考えても嘘なので放置しようかとも思ったが、ふと上手く使えばやる気を出させられるのではと考えを改めた。


「満点取れたら何でも聞いてあげる」

「……それはマジなやつかい?」

「マジなやつだよ」

「例えば、1日唯斗君を好きにできる権利とか……」

「1日くらいなら許容範囲内かな」

「言ったかんね? 言質取ったかんな!」

「その代わり、99点でも甘く見ないからね」

「んへへ、分かってやすよぉ♪」


 期末テストは今から2週間とちょっと後、クリスマスの少し前くらいになるだったはず。

 この短期間で彼女がそこまで成長するとも思えないため、彼は少しでも賢くなるチャンスを安心して与えられるのだ。


「……唯斗」

「ん? どうしたの、こまる」

「私も、満点、取る」

「こまるは普通に頑張れば取れそうだけど……」

「3つ、取る。そしたら、言うこと、聞いて」


 真剣な瞳でそう言われてしまえば、首を横に振ることなんて出来ない。

 そもそも、高校生活を送ったことのある人には分かると思うが、満点を取るというのはすごく難しいことだ。

 居眠りに文句を言わせないために学年2位を維持している唯斗でさえ、中間テストか期末テストのどちらかで2つほどあれば良い方なのだから。


「分かった。夕奈はひとつでこまるは3つね」

「じゃあ、夕奈ちゃんだって……」

「張り合うのはやめときなよ」

「それな。夕奈、満点、奇跡。3つ、無理」

「ぐぬぬ……2人とも馬鹿にして……。私だって本気出せば点取れるしぃ! だよね、カノちゃん!」

「ふぇっ?! わ、私ですか?」


 突然同意を求められてあたふたとした花音だが、瑞希に促されて深呼吸をした後、落ち着いて判断した結果、はっきりと「無理です」と断言した。


「1つでいいんですよ? 甘えた方がお得です!」

「それはそうだけど……」

「自分の力量を理解することも、私は別の意味で賢いと思います!」

「うっ……し、仕方ないから諦めてやんよ!」


 目標は高ければいいというものでは無い。届きそうで届かない場所に手を伸ばすからこそ、届いた時の努力量が見えやすいのだ。

 だから、クリア条件が下がることで不利になるはずの唯斗も、花音に丸め込まれるという判断は正解だと思えていた。

 まあ、その後の「もし3つ取ったら3つお願いだかんね!」という言葉は、聞こえないふりをして乗り越えたけれど。

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