第354話 闇鍋は命を燃やす魔の儀式

 夕奈ゆうなのターン。彼女は鍋から取り出したものを口に運ぶと、数回唇で触れてみて「ありゃ?」と首を傾げる。

 どうやら袋に入っているものらしく、開けないと食べれそうにないらしい。


「どこから開けれるんだろ……」

「5、4、3、2……」

「なんで急かすの?!」

「その方がハラハラするかと思って」

「するけど別に求めてないよ!」


 闇鍋なんてやるものだから、てっきり人生にスリルというスパイスを求めているのかと思っていたが、ドキドキすれば何でもいいという訳では無いようだ。

 唯斗ゆいとは「まあ、どの道早くしてね」と催促しつつ、まだ何も入っていないお腹を擦る。闇鍋タイム後の自由に食べていい時間が待ち遠しい。


「あ、開いた! それじゃあいただきまーす!」


 そう宣言する声に続いて、暗闇の中からは何やらサラサラと細かい粒が流れ出るような音が聞こえてきた。

 その数秒後にはパチパチという音と共に、夕奈のものであろう呻き声が部屋中に響く。


「おい、大丈夫か?」

「あふ……あふ……」

「すごいパチパチしてるね〜」

「いはいいはい! たふへへ!」

「痛い助けてって言ってるみたいだな」

「大変です! 今すぐ救急車を……」

「心配するな。この音は聞き覚えがある」


 夕奈の緊急事態に慌てる花音かのんを宥め、瑞希みずきは段々弱まってきたパチパチ音を聞いてウンウンと一人で頷いた。

 それからようやく痛みから解放され、「爪楊枝で舌を刺されたのかと思った……」と声すらぐったりしている彼女をケラケラと笑う。


「今の、バチバチキャンディーだろ」

「バチキャンって唾液に反応して弾けるやつでしょ? それにしては威力強過ぎるって! あんなの流通してたら死人出るよ?!」

「ほら、こまるが極秘のルートから新商品の高刺激バージョンを仕入れてたろ」

「そう言えばそんなことも……って、じゃあマルちゃんが持ってきたやつってことじゃん!」

「いえす。バチバチ、美味しい」

「いや、闇鍋ではやめようよ。心の準備なしにあれは寿命縮むからさ」

「それが、闇鍋」

「別によからぬ儀式じゃないかんね?! 命削ってやるほどのことやないっての」

「命を、燃やせ」

「うっ……見えてないのに疑いようのない真っ直ぐな瞳で見つめられている気がする……」


 持参者と被害者夕奈の心境が聞けたところで、唯斗は自分が当たらなくて良かったと胸を撫で下ろした。

 さすがにこれ以上罰ゲームまがいな物は入っていないだろうし、安心して自分の番をクリアできる。

 そう安心しながら最後の食材を探し出して口に放り込んでみると、汁を吸ってへにゃへにゃになった何かの中から食べ物ではない何かが出てきた。

 口から引っ張り出してみると、どうやら出汁に浸された紙らしい。異物混入かとも思ったが、風花ふうかによると入っているのが当たり前とのこと。


「最後だから電気付けちゃうね〜♪」


 そう言って手探りで壁にあるスイッチを探した彼女は、明るくなった部屋の中で唯斗が持っている紙を覗き込んだ。

 そこには『誰かの悪口を言う。3つ言えたらその人に1つ命令できる』と書かれてあるではないか。


「『司令クッキー』って言ってね、フォーチュンクッキーの中身が命令になってる感じかな〜」

「つまり、食べた僕は書いてある通りにしないといけないってこと?」

「そうなるんだろうな」

「悪口なんて言いたくないけど、司令なら仕方ないよね。ああ、心苦しいんだけどなー」

「……ん? どうして夕奈ちゃんを見るの?」

「この中で悪口を3つも言えそうな相手って、一人しかいないだろうなと思って」

「ふっ、私は寛容な女だかんね。3つくらいヨユーで受け止めてやんよ!」


 無い胸を張りながら「どんとこい!」と両手を広げる彼女に、唯斗は「そう言って貰えると助かるね」なんて呟きつつ、頭に浮かんできたことをそのまま言葉にした。


「頭悪い、声がうるさい、鬱陶しい」

「そんな言葉じゃ揺らぎもしないね!」

「あと、しつこい」

「4つ目は許してないよ?!」

「ごめん、我慢できなくて」

「3つ以上言っても何も起きないんだからね? ただただ、夕奈ちゃんが傷付くだけなんだよ?」

「あと2つ追加したら、命令も倍に増えないかな」

「悪巧みすな」


 オーバーキルはするなとばかりに肩をべしべしと叩いてくる夕奈がウザイので、黙らせるために仕方なく命令はひとつで諦めてあげる。

 その代わりになるべく効果的なものにしてやろうと思ったものの、特に思いつかなかったので『限界まで壁際で逆立ち』にしておいた。

 彼女の場合は延々と終わらなさそうとも思うが、少なくとも逆立ち中は普段のように騒がしくは出来ないだろうと考えたのだ。


「ふっ、逆立ちなんて毎日のようにしてるし」

「……だから知識が抜け落ちてってるのかな」

「唯斗君、何か言った?」

「何でもないよ。だから早く仲間の壁のところに行って」

「私のどこが壁だと言われてるのかは聞かないけど、それにしても酷い言われよう過ぎない?」

「ごめん、壁にへばりつけの方が良かったかな」

「もっと酷いよ?!」


 その後、しばらく優しい言い方にしろと文句を言われたものの、何だかんだ「ポチ、逆立ち」と命令してみたら言うことを聞いてくれる夕奈であった。


「やっぱり犬の自覚があるんだね」

「い、今のは条件反射っていうか……」

「えらいえらい、後で餌あげるね」

「わんわん♪ ……って手懐けようとすな!」

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