隣の席の美少女が何故か憐れむような目でこちらを見ているけど、僕には関係がないのでとりあえず寝る ―――ひとりが好きなぼっちだっているんですよ?―――
第353話 合わなそうなものが意外と美味しかったりする
第353話 合わなそうなものが意外と美味しかったりする
いずれ来ると分かっていても、嫌なことは来なければいいとどこかで願っていまうのが人間というもの。
それでもやってくるのだから、時を司る神様は意地悪だ。唯斗はそんなことを思いながら、渋々鍋から箸で掴んだものを引き上げた。
「……何これ」
もちろん目では何も見えないが、暗闇の中で汁が水面に落ちる音が響く。ポタポタ、ポタポタと音は十数秒間聞こえた末、勢いを弱めてやがて聞こえなくなる。
これだけ出汁を吸う食材といえば、きつねうどんの上に乗っているお揚げさんくらいしか思いつかないのだが――――――――――――。
「……これ、噛み切れないんだけど」
歯に当たる感触はお揚げさんに近いものの、すり潰そうとしても引っ張ってみても、千切れもしなければ伸びもしない。
彼がまさか食べ物では無いのではないかと疑い始めた頃、「まだ茹でたりなかったのかなー!」なんて言う夕奈にお揚げさん(?)を奪われてしまった。
「ちょっと、取らないでよ」
「これはまだ唯斗君には早かった!」
「どういう意味?」
「気にしなくていいから、さっさと次行こ!」
「……まあ、どうせ食べれそうにないからいいけど」
唯斗は「お腹空いてるのに」と文句を零しつつも、仕方なくこまるに手番を進めることにする。
彼女は相変わらず静かに鍋から何かを取ると、パクッと一口で食べてしばらく咀嚼した。
「……大根」
「僕が入れたやつだね」
「やった」
「ゆ、夕奈ちゃんだって唯斗君が入れた人参食べたから同点だしー!」
「何の競技なの。というか、そもそもきゅうりだって言ってたよね」
「記憶にございませーん」
「夕奈の場合、本当に覚えてない可能性も……」
「嘘だから本気で悩まないで?!」
馬鹿すぎて自分が食べたものも忘れているのではないかという心配は晴れたので、とりあえず非公式な人参大根戦争は和平交渉に持ち込んでもらう。
2人が落ち着いたところで
「これは……和菓子です?」
「多分私が持ってきたどら焼きだな。あんこが入ってるだろ」
「入ってます! しかもこし餡です!」
「瑞希、辛いのと甘いので真逆だね〜♪」
「出来れば激辛の口直しに、
「そんなこと言って、カノちゃんが喜んでるから嬉しいくせに〜」
「……まあ、否定は出来ないな」
一口食べるごとに幸せそうな吐息を漏らす花音。それを聞きながら嬉しいという気持ちを隠そうとする瑞希に、ニヤニヤと笑う風花。
全く見えないのに不思議と伝わってくるのは、唯斗自身が彼女たちのことをよく理解している証拠だろう。
夕奈の行動原理は未だに理解不能な部分が多々あるが、みんなを理解できること自体は彼にとっても喜ばしいことだと思えた。
「じゃあ、私も取らせてもらうぞ」
そう宣言した瑞希が取ったのは、どら焼きと同じく和菓子に分類されるかりんとう。
塩みのある出汁に浸っていたため、甘さとバランスが取れていい感じらしい。
ちなみに、かりんとうを持参したのは夕奈だ。味を褒められて喜んでいるみたいだが、おそらく難しいことは何も考えていなかっただろう。
「今度は激辛じゃないことを願うよ〜」
「私はもう2種類出たから無いぞ」
「瑞希以外が持ってきてるかも〜?」
「さすがにないだろ。そもそも、私以外に激辛を食べれる奴がいないからな」
「それなら安心だね〜」
暗闇激辛のトラウマを振り払い、風花は水面に浮かんでいるであろう丸い何かを慎重に摘み上げた。
かなり小さいサイズのそれを舌の上に乗せてみると、汁を吸っていたこともあってかホロホロと崩れるように消えてしまう。
そんな一瞬の出来事ではあったが、舌触りなどからそれが何であるかの特定は出来たようだ。
「たまごボーロかな〜?」
「正解です! えへへ、私が入れました!」
「懐かしい味がしたよ〜♪」
「ですよねですよね! 鍋の中で溶けちゃわなくて良かったです」
そんな会話を聞いて、唯斗は頭の中で状況を整理する。花音が持ってきたものは、さつまいもとたまごボーロという何とも美味しそうなもの。
瑞希は激辛餃子&どら焼き。夕奈がマグロの刺身とかりんとう。そして風花が小籠包。
全員が二種類ずつ持ってきているため、残る食材は2人分。そして判明していないのが風花のもうひとつと、こまるが持ってきたものになる。
夕奈に取り上げられたのがどちらの分なのかはわからないが、こまるのが残っているのは確実だ。
「じゃあ、夕奈ちゃんのターンね!」
今更「いただきまーす!」と手を合わせた夕奈が箸を持つ音が聞こえる。彼女がどちらを選ぶかによって、唯斗自身が食べるものが確定する。
ただ、彼女が何を選んだところで、風花とこまるのなら安心して食べていいだろう。
その時の彼はそう信じて疑わなかったのだ。数分後には、唖然とすることになるとも知らず……。
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