第348話 教室は暑い場所と寒い場所に分かれがち

 代休が終わり、いつも通り学校が始まった今日。昼食を食べ終えた唯斗ゆいともまた、いつも通り窓際の席で机に突っ伏していた。

 教室では膝掛けやセーターを使用する生徒も増えてきたが、彼に限っては学校指定のコートを羽織るだけでなく、カイロを両頬と首元に当てるという重装備だ。


「教室、暖房ついてるから熱いんだよなぁ」

「もっと温度下げようぜ」

「ちょっと男子! そっちに合わせないでよ」

「うるせぇな、俺たちは汗かいてんだよ」

「外で走り回ってきたせいだから自業自得でしょ」

「はぁ? お前、沖縄の温かさで体感バグったんじゃねーの?」

「そっちこそいつまで南国気分よ。腕まくりなんて見てるこっちが寒くなるわ」


 エアコンのスイッチの前では、腕まくりボーイとブランケットガールの戦争が勃発している。

 唯斗はもちろんブランケットガールの味方ではあるが、男子側を敵に回すことになる……というのは建前で、単に動きたくないので黙っておいた。

 これは余談だが、彼らが2人きりでショッピングモールにいるのを見た人がいるらしい。本人たちは偶然会っただけだと言い張ってたみたいだけど。


「ああ、スイングしてる暖房の風が当たる瞬間ってどうしてこんなに幸せなんだろう……」


 そんな表向き殺伐とした場所から視線を手前に移すと、夕奈ゆうなたち5人がエアコンに対して並行になるよう一列に並んでいるのが見えた。


「あ、今は私のところに来てるぞ」

「今度は私です!」

「私のところにも来たよ〜♪」

「……暖かい」


 順番に幸せそうな顔をする彼女たちを眺めていると、こちらに気が付いた夕奈が「羨ましい?」とドヤ顔をしてくる。ちょっとイラッとするね。


「今の夕奈ちゃんは、一定の周期で幸せが巡ってくることを約束されてるんだよ」

「それは良かったね」

「ほらほら、もうすぐ幸せが…………あれ?」


 ワクワクしながら温もりを待ちわびていた彼女は、来るはずのタイミングから10秒待っても幸せが訪れないと首を傾げた。

 横を見てみれば瑞希みずき花音かのんは頬を緩ませていて、どうやら自分が受けるはずの幸福はこの2人が感じているらしい。


「スイッチを操作されちゃったみたいだね〜」

「スイング、無くなった」

「ぐぬぬ……夕奈ちゃんが元に戻してくる!」

「お願いするね〜♪」

「がんば」


 だらけているだけで享受きょうじゅできる幸せな時間を失った夕奈は、さも怒っているオーラを出しながら戦場に踏み込んで行く。

 しかし、もう少しで声をかけられる直前で突然丸く納まってしまい、平和な雰囲気を前に為す術をなくしてとぼとぼと引き返してきた。


「お前はよく頑張ったよ、このままでいいけど」

「失敗は成功の母です、成功しなくていいですけど」


 延々と温かさに包まれている2人から場所を奪おうかとも考えたが、彼女らの表情を見てしまうとそんな残酷なことは出来ない。

 致し方なく無理だと諦めた夕奈は、ガックリと項垂れて深いため息をこぼした。

 だが、すぐに気を取り直すと、いいことを思いついたように「そうだ!」と立ち上がって、同じく怠けている唯斗へと歩み寄ってくる。


「温かそうだね?」

「……カイロ、欲しい?」

「欲しい!」

「取ってこーい」

「わんわん! ……って誰が犬やねん!」

「そう言いながら拾ってきてるじゃん」

「拾ってきたから褒めて」

「はいはい、えらいえらい」


 グイグイと主張してくる頭を渋々撫でつつ、彼女の手からカイロを取り返す唯斗。

 余程温もりに飢えているのか、それを追いかけるようにこちらへ倒れ込んできた夕奈は、彼が頬に当てているカイロに自分の頬を当ててくる。


「いやぁ、温かいね!」

「暑苦しい、やめてよ」

「ほれほれー♪」

「そんなに欲しいなら全部あげるから」

「え、唯斗君を?」

「カイロをだよ」

「……いや、勘違いとかしてないし!」

「まだ何も言ってないけど」


 その後、顔を真っ赤にした夕奈が自ら離れてくれたことは言うまでもない。

 あれだけ暑そうにしてたら、カイロなんていらないだろうね。唯斗は心の中でそう呟きながら、再び温もりに埋もれるのであった。

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