第338話 好きだからかっこよく見える現象に名前を付けたい

 あれから2時間ほど経った頃、夕奈ゆうなはベッドの上で目を覚ました。

 まだ意識のはっきりしない頭で聞いた「おはよう」の言葉に視線を移動させると、目の前にある顔を見ながら「おはよ」とあくびをしながら返す。


「唯斗君、居てくれたんだ」

「さっきまで下にいたけどね。数分前に様子を見に来たところ」

「帰らないでいてくれただけで嬉しいよ」


 彼女はにっこりと笑って布団をめくると、差し出された体温計を受け取って脇に挟む。

 36.6℃、平熱に戻ったらしい。これなら唯斗も天音あまねも安心して家に帰れる。


「体の方はどうなの。痛みとかは無い?」

「んー、特にないかな! この通り、いつもの元気な夕奈ちゃんに戻ったよ!」

「あんまり腕振ると痛めるよ」

「大丈夫大丈夫! 力を取り戻した私に怖いものなどない!」

「夕奈は少し熱がある方がちょうどいいのかもね」

「そんなこと言って、本当は嬉しいくせにー♪」

「……まあ、嬉しいよ」


 ここで嘘をつく必要もないので頷いて見せると、それまでご機嫌に腕を振っていた夕奈はピタリと動きを止めた。

 それからこちらをぼーっと見つめ、信じられないと言った様子で「ほ、ほんとに?」と首を傾げる。


「弱ってる姿を見せられてもいい気分にはならないでしょ。それなら少しうるさくても、元気な夕奈の方が安心はする」

「……えへへ、そっかそっか♪」

「でも、今回のお返しに僕が熱を出した時は看病してよ? 来なかったら恨むから」

「安心して、チューして熱貰ってあげちゃうから」

「やっぱりこまるに頼もうかな」

「真面目にやりますやります!」

「……それなら夕奈でもいいや」

「夕奈ちゃんがいいの間違いっしょ?」

「はいはい、夕奈じゃなきゃイヤですよー」

「もっと心を込めて!」


 やっぱり元気があると、これはこれで疲れさせられるなと心の中でため息をついた唯斗。

 彼は面倒臭いなとは思いつつも、やらなければまた文句を言われるだけだろうと諦めて立ち上がる。

 それからベッドの縁に腰掛けた夕奈の肩に右手を置くと、見下ろしながら出来る限り心を込めたように見える演技をした。


「夕奈じゃなきゃダメだよ」

「っ……」

「何その変な顔。そんなに気持ち悪かった?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「心にも無い言葉だから真に受けないでね」

「わ、分かっとるわい! ちっともかっこいいなんて思っとらんしー!」

「思ってくれてたら嬉しかったのに」

「本当は思いましたっ!」

「えぇ、趣味悪いね」

「自分で言うなし」


 今のやり取りで色々と吹っ切れたのか、それとも冗談だから言えるのか。夕奈は「唯斗君はかっこいいよ?」なんて言いながら微笑んでくる。

 彼も普通の人間なので褒められて悪い気はしないし、目を見て言われると少しくらいは照れたりもするのだ。

 彼女の言葉からは嘘の気配を感じられないし、今回はいくら待っても『嘘でしたー!』なんてふざけたセリフも追いかけてこない。

 だから、唯斗は同じように口角を上げて見せると、「ありがとう」と素直に言葉を返した。


「唯斗君は他の男の子にはない魅力があるかんね」

「自分ではよく分からないけど」

「頼りないけど優しいし、弱いけど強いし」

「矛盾してない?」

「目に見えない強さがあるってこと」

「そんなものなのかな」

「私、こう見えてメンタルは強くないからさ。唯斗君に支えられてるところがあると思うの」

「へえ、嬉しくないこともないね」

「でも唯斗君、力は弱いかんね。お返しに夕奈ちゃんが守ってあげる。これで怖いもの無しだよ?」

「一番怖いものに守られちゃってるけどね」

「どういう意味やおら」


 肘で肩をグリグリとやってくる彼女に「冗談だよ」と返した唯斗は、冷えピタを剥がしたことで少し乱れた前髪を優しく整えてあげる。

 それから「まあ、夕奈に守られるほど弱くはないから」と頭を撫でてあげてから、そろそろ帰ろうとドアの方へ足を向けた。


「そうだ。せっかくのお休みを看病で使っちゃったから、もし明日元気になってたらお詫びしてよ」

「お詫び?」

「夕奈って人を楽しませる天才なんでしょ? なら、僕のことを2日分楽しませて」

「それってつまり……」

「2人でどこかに遊びに行こう。ついでにジュースでも奢ってくれたら、今日昼寝できなかったことは忘れてあげる」

「……うん、わかった♪」


 夕奈の「絶対家に押しかけてやるかんな!」という声を背中に受けながら、唯斗は「また明日ね」と部屋を出て天音の待つ1階へと向かう。


「私も……唯斗君じゃなきゃダメだもん……」


 そんな声は扉の閉まる音にかき消された。

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