第337話 お土産を喜ばれると渡した側も嬉しくなる

「あ、そう言えば渡し忘れてました」


 唯斗ゆいとがそう言いながら持ってきていた紙袋を差し出すと、陽葵ひまりさんは「なんだろー?」とウキウキした様子で取り出してくれる。


「沖縄のお土産ですよ。置物とかは迷惑になるかと思ったので、美味しそうなチョコにしました」

「ふふ、早めのバレンタインかな?」

「それは本番にも義理チョコ渡せっていう遠回しなおねだりですか?」

「チッチッチッ。義理じゃなくて本命かな!」

「あー、無しでいいですね」

「じゃあ、お姉さんの分も夕奈ゆうなちゃんにあげちゃっていいよ♪」

「……初めからそう言うつもりでした?」

「さあ、どうでしょー?」


 陽葵さんはにんまりと笑って誤魔化すと、丁寧に包み紙を開けて取り出した箱を持ってキッチンへと向かう。

 それからチョコを2つずつお皿に乗せたものを3皿運んでくると、唯斗と天音、それから自分の前にそれぞれ置いた。


「冗談はさておき、頼んでないのにわざわざ買ってきてくれてありがとうね」

「お世話になってる人には渡したいですから」

「ふふ、早速頂いてもいいかな?」

「構いませんよ」


 彼女は余程チョコが好きなのか、満面の笑みでいただきますをすると、お皿の上からひとつをつまんでパクッと食べる。

 それからじっくりと味わいながら咀嚼した後、そっと目を閉じて満足げに飲み込んだ。


「これ、すごく美味しいわ。溶けた後の舌触りも滑らかで、苦味と甘みのバランスが絶妙ね」

「そんなに喜んで貰えると、お土産屋さんで悩んだ甲斐があります」

「お姉さんのためにどれくらい悩んでくれたの?」

「20秒ですかね」

「……それでも嬉しい♪」


 もう少しツッコミらしいものがあるかとも思ったが、それをさせないほど美味しかったということだろうか。

 唯斗はもうひとつ口に運ぼうとする陽葵さんの様子を見ていると、我慢できなくなって自分も食べてみることにした。


「あ、ほんとですね。すごく美味しいです」

「だよねだよね! なかなかいいお土産を選ぶ才能があるんじゃない?」

「お兄ちゃんはお土産の天才だよ! 天音にもイルカのぬいぐるみを買ってきてくれたもん!」

「それは嬉しいね♪ 天音ちゃんはいいお兄ちゃんを持てて幸せだ!」

「うん、幸せ!」


 褒められ続けると少し気恥しいが、悪い気はしないので素直に受け止めておく。

 まあ、天音には事前に頼まれていたし、陽葵さんの分は20秒は嘘でも2分くらいで決めちゃったんだけどね。


「あ、そうだ。お姉さんの大学、今度連休があるの。その間にサークルのみんなと旅行に行くんだよね」

「何のサークルですか?」

「テニスサークルかな」

「……はぁ、テニスですか」

「あ、唯斗君。今、変なこと想像した?」

「してませんよ、テニスのイメージなかったなと思っただけで」

「ほんとに? テニサーに偏見持ってたりしない?」

「そりゃ、少しはありますけど。陽葵さんのことですから、そんなところには入ってないと思いますよ」

「……ふふふ、さすが我が弟!」

「だから勝手に決めないで下さいって」


 テニスサークルへの偏見とは何かという天音の質問には、そこはかとない答えで何とか乗り切っておくとして。

 「まあ、ほとんど活動してないんだけどね」なんて言いながらこちらのお皿からチョコを奪っていく彼女を、唯斗は仕方ないという風に眺めた。


「それで、旅行がどうしたんですか」

「ほら、その間夕奈ちゃんが一人になっちゃうでしょ? 唯斗君の家で面倒見てくれないかなって」

「僕より瑞希みずきとかに頼む方がいいと思いますよ。というか是非そうして下さい」

「大丈夫、服を一緒に洗っても怒らない子だから」

「そんなこと気にしてる訳じゃないですけど」

「なら、他になにか問題でも?」

「……いや、問題は無いですけど」


 今となっては男女でひとつ屋根の下なんて関係の無いようなものである上に、唯斗にとって夕奈がそこまで排除すべき相手でも無くなっている。

 そう考えれば泊めてあげることくらい問題は無いような気もするが、こまるの時のように向こうから強引に何かをされる可能性だって無くはない。

 こちらにその気はなくとも、事件や事故は思わぬ所で起こるのだ。易々と女の子の身を預かるというのは、あまり宜しくない気もした。


「陽葵さんのお願いを聞きたい気持ちはありますけど、やっぱり―――――――――――」

「引き受けてくれたら、今度Eカップの女の子と温水プールに行く機会をあげてもいいけど?」

「……ちなみに、その人の性格は?」

「大人しくて上品かな」

「よし、引き受けた」

「うんうん♪ それじゃ、よろしくね」


 その後、その『Eカップで大人しくて上品な女の子』の正体が陽葵さん自身のことを指していると知らされ、唯斗が本気で断ろうかと悩み始めたことは言うまでもない。


「大人しくて上品って、凹面鏡に写る相撲部くらい美化されてるじゃないですか」

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