第335話 看病とは絶対奉仕の心

 結局、天音あまねを遊ばせに来たつもりが、夕奈ゆうなの看病をすることになってしまった。

 しかし、よく考えてみれば、これは唯斗ゆいとにとって当然のことなのだ。

 だって、こまるから直接ではなく、自分に感染しても発症しなかっただけで、飛行機で隣に座っていた夕奈に感染したということもありうるのだから。


「そういうことだから、申し訳なさそうな顔でこっちを見るのはやめてね」

「……かたじけない」

「いつの時代の人なの」


 彼は先程からチラチラとこちらを見てくる夕奈にそう言うと、上げた頭を枕の上へ下ろさせてから冷えピタを取り換えてあげた。


「それに、僕が今度熱を出したら看病してくれるって言ってたでしょ」

「……うん」

「僕はそのお礼の前借りをしてるだけだからさ。有り難がられるようなことはしてないよ」

「……その言葉が嬉しい」

「はいはい。余計に喋ると喉痛めるかもしれないから、今日はなるべく静かにしててね」


 そっとお腹まで掛けた布団をポンポンと叩いてあげながら、もう片方の手で持ったタオルを使って、彼女の首周りを伝う汗を拭う。

 それからこっそりパジャマの中に隠し持っていたゲーム機を取り上げると、「うぅ、人でなし……」と文句を言われてしまった。


「天音の顔、見たでしょ? 会いに来たのに遊べなくて、すごく悲しんでるんだから」

「っ……」

「回復したらいくらでも二人でゲームしていいから」

「で、でも、退屈すぎて死んじゃう」

「僕と話すのはつまらないってこと?」

「……それって……?」

「時間の許す限りはここにいてあげるから。どうせ、天音と遊びに行ってることになってるし、しばらくは帰れそうにないよ」


 その言葉を聞いた夕奈は目を少し潤ませると、パジャマの袖でそれを拭ってにっこりと笑う。

 少しぎこちなくはあるけど、嬉しいという気持ちがたくさん伝わってくるから十分だ。

 そんなことを思っていると、夕奈が布団の中から伸ばした手で服を掴んできた。何か言いたいことがあるらしい。


「唯斗君、修学旅行楽しかったね」

「……まあね」

「次はクリスマスかな」

「リア充が集まる夜だよ」

「唯斗君だって、望めばリア充になれるでしょ? マルちゃんからあんなに好かれてるんだもん」

「……今、その話する?」

「……ごめん、ボーッとしちゃって」

「謝らないでよ。何か楽しい話でもしよう、その方が楽になれるでしょ?」

「うん、それでお願い」


 彼女が小さく頷くと、唯斗も同じように頷き返して、ベッドのすぐ横に腰を下ろしながら「何かあったかな」と天井を見上げた。

 しかし、普段からすぐに語れるような話なんて持ち合わせていない彼は、首を数回捻ってもいいのが思い浮かんで来ない。

 仕方なくこっそりスマホで検索でもしようとポケットに手を突っ込んだところで、痺れを切らしたらしい夕奈が声を発した。


「唯斗君、やっぱりいい」

「ちょっと思いつかなかっただけだから。もうすぐ話せるよ」

「そうじゃないの。話はなしでいいってこと」

「……気分が変わったとか?」

「まあ、そんなところ。それよりお願いを聞いてくれない?」

「聞けることなら」

「大丈夫、唯斗君もしてくれたことはあるから」


 彼女はそう言いながらこちら側の布団を半分ほどめくると、少し壁側に自分の体を移動させる。

 それから空いたスペースをポンポンと叩くと、「入って」と見つめてきた。お願いとやらは添い寝しろということらしい。


「抱き枕、欲しいんだよね」

「……本気?」

「夕奈ちゃんはいつだって本気だよ」


 さすがに添い寝は看病のうちに入らないので、『近付き過ぎると伝染るから』なんて言って断ろうかと言う考えが過ぎる。

 しかし、夕奈のその真っ直ぐで強請るような瞳に見つめられてしまえば、自分だけの都合で断るなんて出来なかった。


「……わかった、少しだけね」

「何分?」

「3分」

「せめて3時間にしてよ」

「やっぱりやめようかな」

「……やめるの?」

「いや、冗談だから。そんな目で見ないでよ」


 目を潤ませる彼女に押し負けて、結局30分くらい布団の中で抱き枕を演じてあげることになるのであった。


「前からじゃないとダメ?」

「その方が安心するやん?」

「……まあ、それなら別にいいけど」

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