第334話 妹は久しぶりに師匠に会いたい

 翌日、10時頃までぐっすりと眠った唯斗ゆいとは、先に起きていた天音あまねと寝起きマシュブラという悪行の現場をハハーンに見つかってしまう。

 それによって三時のおやつを3日間禁止されてしまったのだけれど、「こっそり食べるもんね」「さすが我が妹」と続けていたらまた怒られた。


「休みだからって遊んでないで、外にでも遊びに行きなさい」

「ハ……お母様、息子は修学旅行の疲れがまだ癒えておりませぬ」

「知らん。天音と遊んできなさい」

「そこまで言われたら仕方ないね。よし、公園のベンチでうたた寝する人の真似しに行こう」

「息子よ、それで私が許すと思うか?」

「……いいえ」

「分かっているなら、兄として可愛い妹とどこに行けばいいか言えるな?」

「天音が楽しめる場所です」

「……」

「天音が楽しめて、僕が寝ない場所です」

「よろしい、行け」


 そういうわけで、唯斗と天音は外出用の服に着替え、軍資金5000円を携えて家を出たのだった。


「天音、どこに行きたい?」

「ふっ、お兄ちゃんとならどこでも楽しいぜ」

「……聞かなかったことにするね。本当は?」

夕奈ゆうな師匠の家がいい!」

「ちょうどついでにお土産を持っていこうとしてたんだ。たった今、ついでじゃなくなったけど」

「久しぶりに師匠のパンツ確認しないとだもん」

「せめて僕が居ない時にやってね」

「そこはお兄ちゃんも一緒に確認しないと♪」

「寝付きが悪くなるから断る」


 その言葉を聞いて不満そうに唇を尖らせた天音は、突然「ところで……」と口元をニヤつかせると、悪そうな顔でこちらを見上げてくる。


「お母さん、余ったお金はどうしなさいって?」

「確か、取っておいていいって言ってたかな」

「……ふふふ、天音とお兄ちゃんで半分こね?」

「ふふふ、もちろんだよ」


 兄妹揃って薄気味悪い笑みを浮かべていたが、角を曲がったところでおばちゃんに不思議なものでも見るような目を向けられたので、2人は真顔に戻ってさっさと駅へ向かうのだった。

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 夕奈の家に到着してインターホンを押してみると、出迎えてくれたのは陽葵ひまりさんだった。

 そう言えば天音は陽葵さんに会うのは初めてだったかもしれない。

 彼女は警戒しつつも執拗に体を眺めたかと思えば、突然陽葵さんのお尻を鷲掴みした。


「……?」

「これはなかなか……お兄ちゃんも満足なお胸とお尻だよ。ということで、妹審査合格!」

「うーん、よく分からないけど嬉しい♪」


 陽葵さんの心が広くて助かった。お尻を触ったこともそうだけど、僕なんかが体をベタベタ触るところを想像させてしまったことが申し訳ない。

 唯斗が心の中でそう呟きながら謝罪をすると、彼女は「大丈夫、私も夕奈ちゃんのをよく揉んでるから」と親指を立てられた。


「え、揉むほどあります?」

「胸じゃなくてお尻ね」

「あ、そっちですか」

「そうに決まって……って、こんな話したこと、あの子には黙っててね? お姉さん大変なことになるから」


 しーっと少し色っぽい感じで静かにとアピールしてくる陽葵さんだが、唯斗は彼女の背後へ視線を向けると「まあ、言いませんよ」と呟く。


「言う必要もありませんし」

「……え?」


 わざわざ彼が言う必要なんてないのだ。だって、既に聞かれたくない本人に伝わってしまっているから。

 陽葵さんがゆっくりと振り返ると、彼女は「何を言わないで欲しいのかな?」と頬をひくつかせながら近付いて来た。


「えっと……夕奈ちゃんが可愛いって話を……」

「嘘つかなくていいから」

「本当だよ! お姉ちゃんが嘘ついたことなんてないでしょ?」

「いくらでもあるわい!」

「うっ……」

「もういい。唯斗君に真実を聞くから」


 夕奈はそう言い終わるが早いか、こちらへ視線を向けると『早く言って』と目で訴えかけてくる。

 ただ、それと同時に陽葵さんからも『言わないで』という心の声が聞こえてくるのだから厄介だ。

 こうなれば一番平和に終わる解決策を選ぶしかない。真実に蓋をするという選択肢を。


「夕奈が可愛いって話してたよ」

「……ほんとに?」

「ほんとだよ。夕奈は可愛いからね」

「…………」


 だが、彼はこの選択が間違いであったことをすぐ知ることになる。彼女がぶっ倒れたことによって。


「え、夕奈……?」


 不思議に思うべきだったのだ。こんな時間に夕奈がパジャマでいることも、インターホンに出たのが彼女ではなかったことも。

 何とか受け止めた体を揺らすも、顔を真っ赤にしたまますっかり意識を失ってしまったらしい。


「夕奈ちゃん、熱があるの。だからさっきまで2階で寝てたんだけど……」


 でも、これは仕方の無いことだろう。

 熱を出していることを知っていたとしても、軽く褒められただけで顔を赤くして、そのせいで体温が上昇して倒れるなんて誰も予想できないのだから。


「はぁ。どうして看病してた僕じゃなくて、夕奈がこまるから伝染されてるの……」

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