第333話 妹は兄が思うより帰りを待ち侘びている
あれから特に何か特筆すべきことが起こることもなく、
彼はそんな様子にどこか安心しつつ、風呂に入って夕飯を食べ、そのままの流れでベッドに入った。
「ベッドくん、今日からまたお世話になるね」
そんな独り言を呟きながらベッドに頬ずりしているうちに、いつの間にか優しくのしかかってきた眠気に誘われて眠りに落ちていく。
それから少しして、こっそりと部屋に忍び込んできた者がいることを唯斗は知る由もなかった。
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「……んん……?」
どれくらい寝ていたのだろう。窓から差し込む光の色からして、まだ夜中であることは確かだ。
普段は絶対に目を覚ますことの無い時間に起きてしまったのは、何か寝苦しさのような違和感を覚えたからである。
「……人? もしかして天音?」
自分に抱きついてくるような体勢で隣に眠っているのは、手探りで確かめた限り妹で間違いない。
しかし、どうして彼女がこんな所にいるのだろうか。そう首を傾げた唯斗は、少し悩んだ末にとある結論に至った。
「……寝ぼけて部屋を間違えたのかな」
天音の部屋はこの隣。意識がはっきりしていない時であれば、うっかりこちらの部屋に入って来たこともこれまでにも何度かある。
このまま二度寝してしまいたい欲に押し倒されそうではあるが、ここはお兄ちゃんらしく部屋まで運んであげるとしようかな。
そう考えて体を起こそうとした瞬間、彼は服を引っ張られる。一体何だと振り返ってみると、まだ暗闇に慣れない目でもこちらを見つめる視線があることに気が付けた。
「今日だけ、ここで寝させて……?」
喉が起きていないからか、それとも別の理由か。力の入り切っていない声に、唯斗は答えるよりも先に体を元の位置へと倒す。
それから不安げな天音の頭をそっと撫でると、優しく抱きしめてあげながら「わかった、いいよ」と口にした。
「……えへへ。久しぶりのお兄ちゃんだ……」
胸に顔を埋めて頬ずりまでしてくる彼女。いつもより甘えん坊なのは、きっと丸3日も会えなかったからだろう。
何だかんだまだまだ甘えたい年頃なのだ。伝わってくる体温からそう感じられて、無意識に口角が少しだけ上がった。
「……師匠と何か進展はあった?」
「ほんのちょっとだけ」
「そっか。それなら良かった」
「……」
「……」
会話が途切れる。唯斗にとっては特に居心地が悪いなんてこともないが、腕の中の彼女はそうでは無いらしい。
無言になる度にどこかそわそわとして、落ち着きのない様子が見えなくても伝わってきた。
普段とは少し違っているのは、天音にとってそれだけ話せなかった時間が長く感じられたからだろう。
自分が妹にとってそれだけ大切な存在だと認識されていることを嬉しく思いつつも、彼は胸が苦しくなる感覚を無視できなかった。
「天音、無理していつも通りにならなくていいよ」
「っ……」
「離れてて寂しかったのは僕も同じだから。兄妹なんだもん、仕方ないことだよ」
「お兄ちゃん……うぅ……」
「素直になってくれた天音を、お兄ちゃんは絶対に拒んだりしないよ。だから安心して甘えて」
その言葉に何度も頷いた天音は、それまで堪えていた涙を溢れさせてギュッと抱きついてくる。
彼女の「また、知らない間にお兄ちゃんが変わっちゃってたら……どうしようって……」という言葉に、こちらまでうるっとしたことは言うまでもない。
「大丈夫、大丈夫だよ。僕はいつまでも天音のことが大好きなお兄ちゃんで居るから」
「……ほんと?」
「何なら毎日こうして一緒に寝てもいいよ?」
「……もう、バカお兄ちゃん……」
言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を見せてくれた妹を悲しませるわけにはいかない。
唯斗はそれから天音が安心して眠れるまでの間、沖縄の土産話を聞かせてあげながら見守り続けたのだった。
「すぅ……すぅ……」
「こんな可愛い妹を嫌いになれるわけないよ」
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