第330話 夜更かしは旅行を楽しむスパイスである
明日は修学旅行最終日ということもあり、さっさと寝てしまおうと目を閉じた
先程の
「……はぁ」
「唯斗さん、どうかしたの?」
「ああ、
「だって、沖縄の夜は最後になるんだもの。出来れば夜更かししたいと思って……」
既に寝息を立てている
確かに早く家に帰りたいという気持ちはあるが、めいっぱい沖縄を楽しみたいというのも無くはない。
その点で言えば、こうして「そ、その顔……告げ口する気?!」と慌てている彩芽は、ものすごく満喫しているのではないだろうか。
「告げ口なんてしないよ。それより、僕も付き合っていい?」
「眠れないの?」
「ちょっと考え事しちゃったからさ」
「深刻なこと?」
「そんなところかな」
「ふーん。まあ、一緒にやるのはいいけど……」
彩芽は唯斗のつま先から頭のてっぺんまでを一通り眺めると、「唯斗さん、お風呂入った?」と首を傾げた。
「帰ってきて少ししてから入ったよ。ごめん、もしかして臭ってる?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「どういう意味なの?」
「わ、私も唯斗さんの髪、乾かしてあげたかったなぁ……なんて」
言い終えてから恥ずかしくなったのか、「別にどうしてもって訳じゃなくて……最後の夜だしとか……その……」と焦り始める彼女。
それを眺めていた彼は少しほっこりした気分になると、そっと彩芽の頭に手を乗せた。
それだけで少し落ち着いたのか、彼女はしゅんとしながら動きを止める。
「ありがとうね。僕を元気づけようとしてくれたんでしょ?」
「っ……だって、してもらったら私も元気になれるから、唯斗さんにも元気に……」
「彩芽さんは優しいね。教師の顔をしてる時の先生とそっくりだよ」
「お姉ちゃんと……えへへ♪」
嬉しそうに微笑んだ表情を見て頷いた唯斗は、ふといい考えを思いついて彼女の手を握った。
それからまだ元気の余っている体を立ち上がらせると、玄関の扉を指差しながら言う。
「少し2人で散歩しに行かない?」
「でも、勝手に外に出たらダメよ……」
「この時間なら誰にも見られないから大丈夫だよ。彩芽さんだって、少しくらい沖縄を自由に歩きたかったでしょ」
「それはそうだけど、万が一見つかったらお姉ちゃんが怒られちゃうわ」
「そっか、仕方ないね。僕一人で散歩してくるよ、夜風は気持ちいいだろうし」
「っ……わ、分かったわよ! 少しだけなら許すわ」
「そう来なくっちゃ」
少々意地悪な方法だったかもしれないが、やはり出てみたいという気持ちはあったらしい。
何だかんだウキウキした様子で靴を履く彼女と並んで、唯斗は先生にもバレないようにこっそりと部屋の外へと出た。
「ほ、本当に出ちゃった……」
「誰もいないでしょ? もう深夜だからね」
「でも、すごく暗いわ。街灯が所々にしかないもの」
「暗いのは苦手?」
「平気。むしろ唯斗さんの方が脅威かもね?」
「僕は別に何もしないけど」
「ふふ、冗談よ♪」
一歩踏み出したことで吹っ切れたのか、「ほら、行くわよ!」と彼の手を掴んで歩き出す彩芽。
彼女は部屋の並ぶエリアから離れていくと、街頭のないすごく暗い場所へとやってきた。
整地こそされてはいるが、人が来ることを考えてはいないようで、気を抜くと自由に伸びた草に足を取られそうになる。
「どこまで行くの?」
「ここまでよ。ほら、ベンチがあるの」
そう言われて目を凝らしてみると、暗闇に溶け込見かけている深緑のベンチがあるのが見えた。
その周りだけは草がある程度整えられているようにも見える。カップルのデートスポットだったりするのだろうか。
「よく知ってたね」
「お姉ちゃんが教えてくれたのよ。来たのは昼だったから太陽しか見えなかったけど」
「今は星空が見える」
「ええ、天然のプラネタリウムを2人占めよ」
「それは随分と贅沢だね」
「最後の夜にはちょうどいいと思うわ」
「そうかもね」
こんなにもロマンチックなことを自分に対してしていいのかという疑問はあったが、唯斗は勧められるまま先に座った彩芽の横に腰を下ろした。
少し背もたれの角度が緩やかに作られているおかげで、ただ背中を預けていれば星々が視界に写ってくれる。
「綺麗だね」
「ふふ、また来る機会があったら彼女さんをここに誘うといいわね。きっと惚れ直されちゃうわ」
「彼女がいればの話だけどね」
「その、誰もいなかったら私でもいいのよ?」
「……」
「唯斗さん?」
「ん? あ、ごめん、流れ星が見えた気がして。何か大事なことでも聴き逃しちゃった?」
「……ううん、ただの雑談だから大丈夫」
「そう? ならよかった」
「ええ、よかったわ」
それから2人はしばらく星を眺めてから、十二分に満足して部屋に戻ったそうな。
その後、髪を乾かす代わりとして唯斗は頭を撫でられながら寝かしつけられるのだけれど、彩芽にはそういう才能があるのかもしれない。
不思議とウトウトしてきて、気が付けばぐっすりと眠ってしまっていた。
「……また、会えるかしら」
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