第329話 心の内を吐き出す時は、周りを警戒した方がいい

 あれから数人の特技を見終えた後、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた唯斗ゆいとは、夕奈ゆうなの背中に乗って運ばれていた。

 下村しもむら先生が連れ帰ると言ったのだが、どうしても自分がと言って聞かなかったのだ。


「ふふ、小田原おだわら君はよく寝ますね」

「ほんとそうですよね。授業中も寝てますし、先生も注意してくださいよ」

「そんなこと言いながら、佐々木ささきさんが寝顔を見つめてるって噂になってますよ?」

「なっ?! べ、別に見つめてなんて……」

「冗談です♪」

「うぅ……」


 先生はクスクスと笑うと、頬を赤くする夕奈を横目で見ながら「初心ですね」と呟いた。

 ちなみに、彩芽あやめは自室にいる。先生が胸ポケットから覗かせていたスマホのカメラを通して、部屋で先程のショーを楽しんでいたのだ。


「佐々木さんは小田原君のどこが好きなんですか?」

「そんな、好きとかそういうのじゃ……」

「バレてるんですから、女同士秘密は守りますよ?」

「っ……ぜ、絶対ですよ?」

「3秒以内に言えば守ります」

「え、あ……あれ?」

「どうかしました?」


 慌てて答えようとして、夕奈はふと足を止めた。道の真ん中で突っ立っていると、不思議とずっとのしかかっていたはずの唯斗の重みが増したように感じる。


「どこが好きなんだろう、って」

「分からないんですか?」

「だらしなくて、男らしくなくて、地味で目立たない。おまけにぼっちで私のことを拒絶して……好きにならない理由はいくらでも出てくるのに……」

「普通なら関わりを持たなそうな2人ですからね」

「そうなんです。でも、すごく好きなんですよ」


 唯斗にも話したことがあることだが、夕奈が初めて彼を見かけた時、今のような感情は絶対に抱かなかった。

 むしろ憎かったのだ。自分のように友達作りに励もうとせず、一人でいることが楽しいと思っているような涼しい顔が。

 けれど、2回3回と視界に入る回数を重ねる度、自分とは違う生き方をする姿をかっこいいと思うようになった。

 それでもそんな気持ちを否定したくて、夕奈は唯斗と友達になろうとしたのだ。それが成功すれば、自分が友達を欲する気持ちが正しかったことになるから。


「でも、気付いたら私の方が唯斗君を欲してました。席替えでまた隣の席になれた時は、どれだけ嬉しかったか……」

「小田原君は絶望してましたね」

「さすがにちょっと傷つきましたよ」

「けれど、少なくとも今はあの時よりも仲が深まってるんじゃないですか?」

「ほんの一歩って感じです」

「ぼっちだった彼をここまで引っ張り出したんです、全体で見れば大きな一歩でしょう」

「……そうだと嬉しいんですけどね」


 確かに唯斗の対応が友達らしくなったことや、融通を聞かせてくれるようになったことは、夕奈だってとっくに気付いている。

 それでも単に慣れただけなのではないか、彼の言う通りその方が疲れないからでは無いかと考えてしまうのだ。

 正直なところ、花音かのん瑞希みずきの方が女の子として扱われている感はあるし、こまるの方がずっと可愛がられているのだから。


「そう思っても、やっぱり好きなんですよね」

「理由も分からないのに、ですか?」

「自分でも不思議なんですよ。でも、今更嫌いになんてなれないんです。他のどんな男の子に告白されても、心が揺らぎもしないんです」


 面倒臭そうにため息をつきながらも、何だかんだわがままを受け入れてくれる彼が好き。

 鬱陶しそうに顔を背けていても、何だかんだ面倒見がいい彼が好き。

 カッコつけようとせず、いつでもありのままの姿で自分を見てくれる彼が好き。

 好きになる理由なんて、頭で思い浮かべなくても彼と一緒にいるだけでいくらでも生まれる。

 どれだけ拒絶する素振りを見せても、どれだけ自分のことを嫌いだと言っていても、彼は何だかんだ気にかけてくれていた。

 そんな優しい彼のことが、夕奈は大好きで仕方が無いのである。


「佐々木さんの気持ちはよくわかりました。聞かせてくれてありがとうございます」

「……いえ。私も吐き出せて良かったです、おかげでしばらくはいつもの私で居られそうなので」

「先生で良ければいつでも相談に乗りますよ」

「それならいつかお願いすることになるかもしれませんね」


 ちょうど部屋の前に着いたので、夕奈は唯斗を先生に預けてそのまま自室へと戻っていく。

 仮病でも使ってここに泊まるかとも聞いたが、彼女はにっこりと笑って首を横に振っていた。


「ふぅ、私もあんな青春を送りたかったですね」


 先生はそう言いながら部屋に入ると、唯斗をそっとベッドに寝転ばせてため息を零す。

 いくら若々しいとは言え、三十路で男子高校生を抱えて運ぶのは少し重労働だった。夕奈がおんぶしてくれて命拾いしたかもしれない。


「それにしても、佐々木さんはすごく純粋でいい子ですね。あんな子と付き合わないなんて勿体ない」


 彼女はベッドのすぐ横にしゃがむと、彼の顔を見つめながら「ね、小田原君?」と言って微笑んだ。


「……気付いてたんですか」

「それはもちろん。熱烈な気持ちを伝えられながらおんぶされる気持ちはどうでした?」

「盗み聞きしたみたいで最悪の気分ですよ」

「ふふ、さすがにあの状況では起きれませんよね。いっそのこと、今すぐ追いかけて応えてあげるなんてのもありだと思いますよ?」

「……やめときます」


 自分のいる方とは反対へ寝返りを打ちながら、「珍しく目が冴えちゃったので……」と呟く彼の様子に先生がにんまりと笑ったことは言うまでもない。

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