第328話 天才奇術師夕奈ちゃん
「これからコレを刺して行きたいと思いまーす!」
もちろんこまるが猫のように遊ぶ訳では無い。夕奈はあれを箱の穴から中へ差し込んで、身動きの取れない彼女をこちょこちょしようとしているのである。
「「「「「……」」」」」ゴクリ
その残酷過ぎる光景に観客たちは息を飲む。しかし、マジックと言うからには危険ではないはず。
彼らはショーであるという安心感に寄りかかって、そんなふうに考えていた。
もちろん猫じゃらし型のおもちゃなので、殺傷能力も無ければ危険性も特にない。
しかし、
「ど、ドキドキしますぅ……」
「いや、危険物じゃないよね?」
「私にとっては危険物ですよ! あんなので脇腹を撫でられたら……お、恐ろしいです……」
「そういうものなのかな」
夕奈が何を考えてこんなことをしているのかは全く理解できないが、とりあえず楽しんでいる人が沢山いるみたいで良かった。
特に
「さあ、注目注目! こんなのを差し込んだら大変なことになっちゃうよね?」
「「「「「お、恐ろしい……」」」」」
「でも大丈夫、夕奈ちゃんは魔法が使えちゃうかんね! ほら、こうやって差し込んでも……」
夕奈がそう言いながらおもちゃを差し込んで小刻みに動かすと、観客の中からいくつか悲鳴のようなものが聞こえてくる。
唯斗は『感受性が豊かだなぁ』なんて思いつつ、丸く空いた部分から見えているこまるの顔に視線を向けた。
「なんと、マルちゃんは一切表情を変えない! こんなにこちょこちょしても微動だにしない!」
「「「「「すげぇぇぇぇぇ!!!」」」」」
「ここで追加のもう一本! 反対側から刺しても……やっぱり無表情なまま!」
「「「「「やべぇぇぇぇぇ!!!」」」」」
やばいのは彼らの頭だろう。こまるが無表情なのはいつものことで、単にこちょこちょが効かないタイプだと言うだけなのだから。
ただ、彼女のことをよく知らない生徒たちからすれば、これはすごいことが行われているという感覚なのかもしれない。
そこまで考えて、唯斗はやっぱり首を横に振った。普通に考えてありえない、彼らはワライダケでも食べさせられておかしくなっただけだ。
もしこれがイベントの空気に当てられただけだとすれば、きっとみんなハロウィンの夜にスクランブル交差点でトラックをひっくり返しちゃうから。
「じゃあ、次が最後のマジックね!」
夕奈の言葉に心の中で『そもそもマジックしてないやろ』とツッコミつつ、いい加減気疲れしてきたのでそっと目を閉じる。
感想を聞かれたらそこはかとなく当たり障りのないことを言っておこう。寝ていたなんて言えばもう一度目の前で披露されかねないし。
「…………って、え?」
何か眩しさを感じてふと目を開けてみれば、何故か自分が天井に取り付けられたスポットライトで照らされていた。
周りの視線もこちらを向いているところを見るに、いつの間にか夕奈が指名でもしたのだろうか。
「唯斗君、1から13の中で好きな数字を言って!」
「……どうして僕が?」
「いいからいいから!」
「はいはい、わかった。じゃあ、10を選ぶよ」
「なるほどなるほど♪」
わざわざ数字の範囲を指定したところから、さすがの唯斗も察していた。おそらくトランプを使ったマジックなのだろう、と。
次の質問として「ちなみに、スペードが好きだよね?」と聞いてきたから間違いない。
ただ、確かに今回はいかにもマジックっぽいが、言葉で誘導するのは少し素人感があり過ぎる。
そんな手は使うはずがないと信じたかった唯斗は、意地悪などではなく一人の観客の有り得る心理として、「どちらかと言うとクローバーかな」と答えてしまった。
「うーん、クローバーかぁ……」
どことなく残念そうな声色でそう呟いたあたり、やはり彼女は自分が気付いて乗ってくれると信じていたのだろう。
唯斗が最後の最後で失敗させてしまうことに罪悪感を覚えていると、夕奈はそれでもショーを続けようと顔を上げた。
さすがはスーパーパリピ、メンタルがすごいね。
「じゃあ、唯斗君。背中を触ってみてもらえる?」
「別にいいけど」
こんな行動に今更意味があるのかと思いつつも、言葉に従って左腕で自分の背中に触れてみる。そこには、何か薄っぺらいものがくっついていた。
「え、まさか……」
おそるおそる剥がして確認した彼が、思わず目を丸くしたことは言うまでもない。
いつ貼り付けたのかも分からないそのトランプに描かれているのが、どこからどう見ても『クローバーの10』だったのだから。
「ふふん♪ 天才奇術師って言ったっしょ?」
「どうやって当てたの」
「それは企業秘密だかんね!」
そう言ってドヤ顔で舞台を降りていく夕奈が、しばらくの間『天才奇術師夕奈』と崇められたことはまた別のお話。
「天才美少女奇術師って呼んでもいいよ!」
「いや、誰も呼ばないでしょ」
「ぐぬぬ……あんなに頑張ったのに……」
その後、こっそり一度だけ呼んであげたことは二人だけの秘密である。
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