第327話 人を楽しませる才能

「そろそろ行ってくるね!」


 夕奈ゆうながそう言って舞台裏へと走って行ったのは、丁度5人目の特技を見終えた頃。

 目隠しをしてどこのメーカーのスプーンかを当てるという特技だったのだが、正直あまりすごいとは思えなかった。

 そもそもスプーンの舌触りなんて関心を持ったことも無いし、当てたところで自分もそうなりたいとすら思わないし。


「そう言えば、こまるは?」

「ああ、あいつなら夕奈について行ったぞ」

「手伝うみたいだね〜♪」

「ひとりじゃ出来ないマジックみたいです!」

「へえ」


 夕奈のやることにこまるを巻き込んだということだが、本人が了承しているのなら問題は無い。

 さすがに燃える輪っかを潜らせたりはしないだろうし。……あ、それはサーカスか。


「それではお次の参加者に登場してもらいましょう!」


 司会さんがやたら大きな拍手をすると、舞台袖からいかにもマジシャンな帽子とマントをつけた夕奈が姿を現した。

 付け髭までしている。手に持っている棒がもう少しながければ、無声コメディ映画に出てくるちょっとおかしなおじちゃんだ。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 天才奇術師夕奈ちゃんがあっと驚くマジックを見せちゃうよー!」


 普段なら置いていかれそうなテンションにも、みんな今だけはノリノリでピッタリとくっついていく。

 どれくらいピッタリかと言うと、大きな魚と並走して泳ぐコバンザメくらいピッタリだ。……分かりづらいだろうか。

 唯斗ゆいとは頭の中で夕奈について行くコバンザメの群れを想像しつつ、周囲の盛り上がり様にいつもより存在感を消しておいた。

 出来ればこのまま安眠したいところだが、いつの間にか横に移動してきた花音かのんが眩しい笑顔で話しかけてくるので寝落ちれない。


「私もなんだか楽しくなってきました♪」

「それはよかった」

「唯斗さんも楽しいですか?」

「僕は……まあ、楽しいよ」

「ですよね! 一緒に楽しみましょう♪」

「あ、うん」


 そんなこんなで仕方なく顔を上げた彼は、一瞬こちらに向かってウィンクしてきたような気がする夕奈のマジックを見てあげることにした。

 まあ、成功したか失敗したかくらいは見るべきなのだろう。前者なら褒めてあげられるし、後者なら大笑いするし。


「さあ、ここに何の変哲もない棒があるよね? これがふと背中に隠した隙に……ほい、花束に!」

「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

「空っぽの帽子に手を突っ込むと……あら不思議! 中から鶏の卵が!」

「「「「「すげぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」」

「その卵を割ってみると……なんとゆで卵だった!」

「「「「「美味そぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」


 明らかにみんなのテンションがおかしい。さっき食べたお肉に、何か良くないものでも入っていたのかと疑いたくなるほどだ。

 ただ、唯斗自信には特に変わったところもないので、きっとこれがイベントの魔法なのだろうと納得しておく。

 考えるのが面倒だったからではない。考えるのが面倒だったからだ。


「夕奈ちゃん、すごいです!」

「そうかな。定番のマジックだと思うけど」

「いえいえ。皆さんをこんなにも楽しませていることがすごいんですよ!」

「……まあ、確かにそうかもね」

「夕奈ちゃんは才能に溢れてます♪」

「そこは否定しないよ。夕奈に周りを元気にする才能があるのは本当だろうし」


 そう言いつつ、心の中だけで『体力は吸い取られてるけど』と続けた。

 花音の尊敬するような眼差しとワクワクした表情を見てしまえば、自分の中にある夕奈を否定する気持ちなんて邪魔なものでしかないと思えたから。


「さてさて、そこの君! 私が君の考えていることを当てて見せよう!」

「ほ、本当ですか?!」

「もちのろんよ! さあ、私の目を見るのだ」


 今度はテレパシー的な何かなのだろうか。見つめられているのは、先程ペットボトルを全力で投げた女子生徒。

 今回もおかしな行動をしないか心配だなんて考えていると、ふと彼女の机の上に置いてあるものに視線を吸われた。

 見覚えのあるお菓子……干支クッキーだ。確かに美味しかったが、夕食の場にまで持ってくるほど好きなのだろうか。

 そう不思議に思いかけた唯斗は、夕奈の答えとそれに対する返答を聞いて全てを察した。


「夕奈ちゃん可愛いって思っておるな!」

「その通りです!」


 なるほど、干支クッキーで買収したのか。そうでなければ、そう都合よく夕奈を可愛いなんて考えているはずがない。

 いや、正直ありえないことも無いのだが、全力投球少女の返事の速さは以上だった。

 あれは完全にクッキーを握らされ、操り人形と貸してしまった愚鈍な抜け殻なのである。


「縁もたけなわ……って意味知らんけど。そろそろ最後のマジックを披露しちゃうよー!」


 そう言いながら夕奈が手を叩くと、2人の先生がキャスター付きの板に乗せた箱を運んできてくれた。

 それは昔よくテレビなんかで見かけた『剣を刺しても中の人が平気』というマジック用のもので、中に入っているのはもちろんこまる。

 彼女用のサイズに作られたのか少し小さめではあるが、女子高生が使うにしてはかなりクオリティの高く見えた。


「マルちゃん、身動き取れないよね?」

「いえす」

「そんなマルちゃんの入っている箱の中に、これからコレを刺して行きたいと思いまーす!」


 そう言って夕奈が取り出したのは剣……ではない。ただ、使われる側からすれば同じくらい恐ろしいものかもしれない代物だった。

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