第325話 肉より先に野菜を食べると太りにくいらしい

 修学旅行最後の夕食は焼肉だった。6人掛けの円卓の中央に置かれた焼肉プレートの上に乗せ、好きな焼き加減で食べるというシステムだ。

 生徒たちの健康を考えてなのかは分からないが、野菜がかなり多い気もする。肉は高いからこれで腹膨れさせろという声が聞こえてこなくもない。


「肉もそうだが、野菜も美味そうだな」

「どれから焼く〜?」

「にんじん」

「わ、私はかぼちゃがいいです!」


 ただ、幸いなことに唯斗ゆいとは普段から省エネ生活を送っているため、ガツガツお肉を食べまくるような食欲は持ち合わせていなかった。

 そして瑞希みずきたちも野菜をしっかり食べたい派のようで、最初から野菜を並べ始めている。


「あ、お茶碗取ってもらってもいい?」

「唯斗君、白ご飯欲しいの?」

「それはもちろん」

「えー、どうしよっかなー♪」

「自分でやるからいいや」

「やりますやります! 夕奈ちゃんが新妻の如く優しく用意してあげるから!」


 ご飯をよそうだけなのに新妻も何もあるのかと思いつつも、面倒なので何も言わずに大人しく待っていると、しゃもじを置いた夕奈がお茶碗を差し出してくれた。


「ありが……って、ふざけてるの?」


 チラッと見ながら受け取り、早速ひと口食べようとしてそのおかしさに気が付いた。

 我ながらどうしても重さの時点で気付かなかったのか不思議だ。アメフト部が部活終わりに通う定食屋のおばちゃんからのサービスみたいな山盛りなのに。


「男子高校生と言えば食べ盛りっしょ」

「僕はもう小学生でその時期は終わったんだよ」

「仕方ない、夕奈ちゃんと半分こしてあげる」

「初めからそれがしたかっただけでしょ」

「な、なんの事やら……」

「こまる、ご飯半分こしてくれない?」

「自白するから! 唯斗君と半分こしたかっただけだって!」

「……それはそれで嫌だからこまるに頼むね」

「なんで?!」


 そう言って夕奈の思惑を阻止したはいいものの、実際に分けてみると半分でもなかなかの量だ。

 こまるも唯斗もそんなに入らないという事で、苦渋の決断として夕奈も含めた3分の1っこをすることにした。


「夕奈ちゃんがいて助かったね?」

「元凶が何言ってるんだか」


 そんなやり取りをしているうちに瑞希と風花ふうかがせっせと野菜を焼いていてくれたようで、漂ってきたいい匂いが鼻をくすぐる。

 テーブルが大きめなため、無理をして火傷をする可能性がある花音かのんとこまるには、2人が取り分けてあげていた。


「夕奈の方には届かないから、小田原おだわらが取り分けてやってくれ」

「どうして僕が?」

「そいつ、前にはしゃいで火傷したことがあるんだよ。挙句の果てにトングに網を引っ掛けたせいでっ繰り返しちまってな」

「今回はプレートだから、ひっくり返す心配はないと思うけど……」

「火傷の心配は変わらないだろ?」


 そう言われて見てみると、夕奈は何やら右手の甲を抑えながらプルプルと震えている。

 瑞希が『火傷した』と言った時に指差してたのは左手の甲だったんだけど……と思いつつも、特に面倒な作業でもないのでやってあげることにした。


「はい、夕奈」

「はい、ジョージ」

「いや、英会話してる訳じゃないんだけど」

「アイキャンスピークイングリッシュ!」

「その前に国語頑張ろうね」

「あ、アイドントライクジャパニーズ……」

「僕が好きになるまで教えてあげようか。ビリビリ矯正法で」

「あ、アイドントライクビリビリ……」

「じゃあ、そろそろ普通に話してくれる?」


 ブンブンと首を縦に振るのを見て、唯斗は持っていたお皿を夕奈の前に置く。

 ついでに追加で焼いておいたお肉も乗せてあげると、彼女は目をキラキラと輝かせながらこちらを見つめた。


「どして分かったの?」

「だってみんなが野菜焼いてる時に夕奈だけ何も言わなかったから。お肉が食べたいんだろうなって」

「……むふふ♪ さすが唯斗君、夕奈ちゃんのことなんでも分かっちゃうんだねー?」

「分からないことだらけだよ」

「例えば?」

「どうして客室用スリッパを履いてるのか、とか」

「……え?」


 彼の言葉に自分の足元を見た夕奈は、みるみるうちに顔を赤くして不満そうな目で睨んでくる。

 唯斗だっていつ言うべきか迷っていたのだ。ただ、焼肉だとはしゃいでいる彼女に指摘するのは、そう容易いことではなかっただけで。


「は、履き替えてくるし!」

「今更手遅れじゃ……」

「イベントの時にこれじゃ恥ずかしいじゃん!」

「ああ、確かに」


 よほど羞恥心を煽られたのか、少し泣きそうな顔で飛び出していく夕奈。

 そんな彼女がいい運動をして戻ってきた後、やけ食いをするかのようにお肉と白ご飯を食べまくったことは言うまでもない。


「そんなに食べて大丈夫なのかな」

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