第309話 寝ぼけ男子にご用心

「ふわぁ……眠い……」


 スプーン片手に大きなあくびをした唯斗ゆいとは、コックリコックリと寝落ちそうになりながらポテサラを口に運ぶ。

 しかし、余程頭が働いていないのか、口を開けることを忘れて少しもポテサラが減っていないスプーンがお皿の上に戻された。


「唯斗君、寝坊したのにまだ眠いの?」

「睡眠時間はいくらあってもいいからね」

「そのうち寝たまま1日過ごすんじゃないかって、さすがの夕奈ゆうなちゃんも心配しちゃうよ?」

「それもいいかも……すぅ……」

「今は寝ちゃダメだって!」


 彼の体を揺らして目を覚まさせた彼女は、呆れたようにため息をついて口元についたポテサラを拭き取ってくれる。

 やけに優しいところは怪しく思えるが、今はそれよりも身を委ねるだけでいい楽な時間に浸っていたかった。


「ところで唯斗君。先生も一緒に遅れてきたけど、もしかして何かあったの?」

「特に何もないよ」

「ほんと? 変なことされたりしてない?」

「されたとしてもここでは言わない」

「それはつまりされたってことか?!」

「だったらどうするの?」

「ど、どうって……夕奈ちゃんも黙ってらんないというか、実力行使に出るというか……」

「すぅ……すぅ……」

「……ねえ、聞いてる?」

「んぇ? あ、何の話だっけ?」

「……もう終わったからいいよ」


 夕奈は人の話をまともに聞かない寝坊助唯斗に、ダメ人間だなと呆れてモノも言えなくなる。

 ただ、それと同時に胸の奥でうずく何かを感じていた。だらしなさを認識する度、自分が彼のお世話をする度、くすぐられる何かがあるのだ。


「こ、これが母性か……?」

「夕奈ちゃんもようやく分かったんだね〜♪」

風花ふうか……」

「今、膝枕してポンポンするチャンスじゃない〜?」

「確かにそうかもしれない!」


 彼女は寝息を立て始めている唯斗を見つめると、静かに椅子を移動させてピッタリと隣にくっつける。

 それからそっと肩に手を回し、起こしてしまわないようゆっくりと自分の方へと体を倒させた。


「っ……」

「すぅ……すぅ……」


 ぽふんと太ももに側頭部が降り立つと同時に、髪がチクチクとして声を漏らしてしまいそうになる。

 何とかそれを我慢し切れば、お次は右手で頭を撫でながら腰辺りに添えた左手でポンポンと一定のテンポで叩いてあげるだけ。


「よしよし、いい子でちゅねー♪」

「……んん」


 気持ちよさそうに唸る様子を見て、満足げな表情を浮かべる夕奈。

 しかし、彼女はこの程度で満足しない。ダメだとわかっていても、ついつい意地悪をしてみたくなる性分なのだ。


「すぅ……す……んぐっ……」

「っ……ぷっ……ぷぷっ……」


 唯斗の鼻を10秒ほどつまんでみると、彼は息苦しそうに体をピクっとさせた後、鼻呼吸から口呼吸に切り替える。

 その際、ポカンと空いた口が何とも愛らしい。夕奈の母性(?)はさらにかき立てられ、留まるところを知らなかった。

 しかし、今度は耳に息を吹きかけてやろうと前のめりになったところで事件が起こる。


「んん……?」

「っ……え、ちょ……」


 嫌な予感を察したのか、彼が寝返りを打って仰向けになったのだ。

 顔を近付けていた夕奈は、気が付いた時には正面から至近距離で寝顔を見つめる体制になっており、突き出していた唇を引っ込めることも忘れてしまう。

 どうすればのかと焦っているうちに、細かな振動で眠りを妨げてしまったのか、唯斗がうっすらと目を開けてこちらを見つめてきた。


「……?」


 ただ、寝ぼけ眼では今の状況を把握出来なかったようで、彼は目の前にある顔を見つめると、眉を八の字にしながら首を傾げる。

 それからチラチラと見える天井の照明に対して「ううん……」と右手で視界を覆ったかと思えば、再度寝返りを打って顔を背けた。そして。


「……ん? んん……♪」


 夕奈の太ももと太ももの間に顔を埋めると、それを枕だと認識したのか、両手でむにむにとして寝やすく調整してからまた寝息を立て始めてしまう。

 そんなことをされた夕奈が平常心でいられるはずもなく、寝息が肌を撫でる度に飛び出しそうになる声を抑えるので精一杯だ。


「あ、ちょっと……瑞希みずき……助け……」

「……幸せそうでよかったな!」

「瑞希?!」

「楽しそうなの見てたらお腹すいてきちゃったよ〜」

「もう一度、お料理を取りに行きますか?」

「いえす」

「そういうことだから。小田原おだわらのこと頼むぞ」

「み、みんなぁぁぁ……」


 瑞希だけでなく風花と花音かのん、こまるまでもが立ち上がり、お皿を持ってバイキングエリアへと向かってしまう。

 ぽつんと取り残された彼女は、心の中で『ショートパンツなんて履いてこなきゃ良かった』と思いつつ、慣れるまでしばらく刺激に耐え続けたのだった。


「……あ、あれ? ヨダレ垂らしてない?!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る