第306話 押してダメなら引いてみろと言うけれど、なんだかんだスライド式のドアの方が便利

 瑞希みずきたちの予想通り、2番目に近い駐車場に到着するとちょうど車に乗り込む先生の姿が見えた。

 急いで駆け寄って窓をコンコンとノックすると、助手席に乗っていた彩芽あやめが驚きのあまり立ち上がってしまい、天井にぶつけた頭を押さえてうずくまる。


「み、皆さん?! どうしてここにいるんですか」

「先生の妹さんを見ようと思って♪」

「バスはどうするんですか、遅れているんですよ」

「それは先生が乗せてくれればなぁ……なんて」


 夕奈ゆうながチラチラと視線をやりながら無言のおねだりを繰り返すと、先生も呆れて深いため息を零した。

 ただ、ここからみんなを戻させていると更に時間が押してしまう。教師としての彼女がそれを良しとは言ってくれない。


「……分かりました。連絡しますから乗って下さい」

「さすが先生、胸だけじゃなく心も大きい!」

「それを言うなら心が広いだろ」

「ほらほら、奥から詰めて〜♪」

「早く、乗って」

「そ、そんなに押さないでくださいよぉ……」


 先生が向こうにいる他の先生に事情を伝えてから、ミラー越しに後ろを見て眉をひそめる。

 彼女は最後の唯斗が乗り込んだのを確認すると、「閉めますよ」と声をかけてドアを閉じるボタンを押した。


「お姉ちゃん、この人たち誰なの?」

「私が担任を務めるクラスの生徒たちです。小田原おだわら君があなたの存在を口外したんですよ」

「僕も共犯を増やしたかったんです」

「よりによって佐々木ささきさんに言うとは……」

「それどういう意味ですか?!」

「あなたは私のクラスでもトップレベルに口が軽いですから。もし他の人が知っているなんてことがあれば、内申点削りますからね」

「ぐぬぬ……悪魔め……」

「正当防衛です」


 使い方的に正当防衛の意味を知っているのかどうかは甚だ疑問ではあるが、隣で騒いでいる夕奈がこれ以上うるさくなっては耐えられないので聞かないでおく。

 その代わり、話を変えるという意味も込めて、唯斗は車を見つけた時から感じていた違和感について先生に質問してみた。


「元々2人だけしか乗らない予定なのに、どうして8人乗りなんですか?」

「借りようと思ったらこれしか無かったんです。他の学校も修学旅行に来ているようで、教師がレンタカーで回っているそうですよ」

「満喫してますね」

「私は生徒の見守りという役目があったんですけど、やってるフリしてサボりました」

「生徒の前で堂々と言わないでもらえます?」

「まあまあ、一夜を共にした仲ではありませんか」

「同じ部屋だっただけですから」


 きっちり否定したものの、怪しむような目で見つめてくる両サイドの夕奈とこまる。

 そんな2人に唯斗が「僕になにか出来ると思う?」と問いかけると、揃って『むり』と即答された。望んでた回答なのに納得がいかないのは何故だろう。


「もうひとつ思ってたんだけど、どうして僕が中央列の真ん中の狭い席なの?」

「そりゃ、かわいい女の子に囲まれるというパラダイスを味あわせてあげるためやん」

「僕がそんなことで喜ぶと思う?」

「喜ばなきゃ男じゃないね!」

「……僕はいつから男だと錯覚していた?」

「いや、錯覚じゃないかんね?! ていうか、遠回しに喜びゼロ宣言すな」

「冗談だよ。左半身は喜んでる」

「夕奈ちゃん右側にいるんだけどなー?」

「……」

「あ、可愛すぎて喜ぶどこじゃないのか♪」


 夕奈がヘラヘラとしながらそんなことを言うので、適当に「うん」と答えておいたら、勝手に照れて黙り込んでくれた。

 これで暫くは静かでいてくれるだろう。唯斗の心の中のミニ唯斗がガッツポーズをしたことは言うまでもない。


「唯斗」

「どうしたの、こまる」

「左半身、嬉しい?」

「そうだね、嬉しいよ」

「……そっか」


 ツンツンとつついて声をかけてきたこまるまで、どことなく嬉しそうな無表情顔で足をブラブラとさせていたことは、願ってもない収穫だったけれど。

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