第307話 致し方ない犠牲の前に出来る唯一の弔いは、胸を痛めながら決断をすることである

 それからホテルに到着するまで、一行は彩芽あやめから下村しもむら先生との関係性や、学生時代の先生について色々と質問した。


「へえ、やっぱり先生って学生時代は暗い方だったんだ?」

「高校生の頃は大きな胸がコンプレックスだったみたいよ。今となっては武器だけど」

「ぐぬぬ、羨ましい……」

「大きくてもいいことなんてないですよ。車に乗る時もハンドルに当たってしまいますし♪」

「ミラー越しに私を見ないでください!」


 そんな感じで無事に辿り着いた後は、先に到着しているバスから離れた位置に停車する。

 ほかのみんなは既に自室に帰っており、この後は部屋でゆっくりするだけの時間なので、夕奈たちとは集会の時間が来るまでお別れだ。


「唯斗君、元気でね」

「遠くに行くわけじゃないんだから」

「襲われたらすぐに連絡するんだよ」

「助けに来てくれるの?」

「私も一緒に襲う」

「やっぱりブロックしといていい?」

「もう今更っしょ♪」

「……それもそうだね」


 そもそもの話、先生に襲われたら連絡する隙もなさそうなので、ブロックしかけた画面をキャンセルしてからスマホをポケットにしまっておく。

 それから瑞希みずきに「さっさと行くぞ」と引っ張られていく彼女を見送って、唯斗たちも自室のある方向へとつま先を向けた。


「襲うなんて失礼ですね。私の魅力に耐えかねた小田原おだわら君が先に痺れを切らすはずだと言うのに」

「先生は綺麗ですけど、僕のタイプじゃありません」

「……まさか彩芽を狙うつもりですか?」

「なっ?! お、お姉ちゃんが無理だからって私に手を出そうって言うの?!」

「そんなわけないじゃないですか」


 変に疑いの目を向けられても部屋に居づらいので、ここはキッパリと首を横に振っておく。

 彩芽が「そんなに嫌がらなくても……」としょんぼりしているのには胸がズキンとしなくもないが、彼はそれも必要な犠牲だと心を鬼にした。


「冗談はさておき、先生は安心しましたよ」

「何にです?」

「小田原君が独りじゃないことにです」

「……まあ、そうですね」

「去年から人間関係が上手くいっていない生徒だとは聞いていましたが、いざ担任をしてみると思ったよりも深刻なようでしたから」

「たまには先生っぽいことも言うんですね」

「頼られた時はいつだって私は君の先生です。先生でいなくてはならない時に、ふざけるような真似はしませんよ?」


 「オンとオフの切り替えが大事なんです」と言いながら微笑む先生は、確かにどこかホッとしているように見える。

 本当に自分のことを気にかけてくれていたのかと思うと、唯斗も少しは感謝してもいいかもしれないなんて思えた。


「お姉ちゃん、かっこいい……!」

「ふふ、強さというものは弱気を守るためにあるのです。教師という立場もまた然りですから」

「その割に花音かのんを洗脳してましたよね」

「……はて、なんの事やら」

「別に問題は怒らなかったのでいいですけど」

「ねえ、洗脳って何のこと?」

「いい生徒になるように暗示をかけただけですよ」

「姉という立場を利用して、妹に嘘をつくのは許されるんですか?」

「うっ……小田原君、後で二人で話しましょう」


 若干余裕を無くしながら「いいお話があるんですよ」なんて手をこまねく先生に、彼が嫌な予感を覚えたことは言うまでもない。


「彩芽さん。今日も髪拭いてあげるよ」

「え、いいの?」

「その代わり、部屋にいる時は先生から離れないで」

「そんなの楽勝よ! 任せときなさい♪」


 その後、2人きりになるタイミングを失った先生は、妹から甘えられて何だかんだ嬉しそうに笑っていた。

 全てが丸く収まってくれてよかったよ。そう心の中で呟きつつ、お高い枕に顔を埋めながらうつらうつらする唯斗であった。

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