隣の席の美少女が何故か憐れむような目でこちらを見ているけど、僕には関係がないのでとりあえず寝る ―――ひとりが好きなぼっちだっているんですよ?―――
第304話 全てを信じたならば、騙されたことを知る由もなし
第304話 全てを信じたならば、騙されたことを知る由もなし
「……あら?」
「ど、どうもです!」
彼女は知らぬ間に人が変わっていることに驚いたようだったが、すぐに口元をにんまりとさせるとゆっくりと体を前に倒していく。
「あわっ?! ち、近いですよぉ……」
「ふふ、男の子の反応を見たいと思っていたけど、
「く、苦しいです……」
「真っ赤になって可愛い♡」
「あぅぅ……」
どうやら先生は男女の見境なく、いい反応をする生徒なら誰でもあんなことやこんなことをしてしまうらしい。
花音も花音で今にも溶けてしまいそうなほど赤くなってはいるものの、嫌がっていると言うより照れているようだった。
「七瀬さん、私の胸はなかなか悪くないですよね?」
「は、はいです!」
「素直な子は良く成長するんですよ。あなたもきっと私と同じくらい大きくなりますね」
「えへへ、嬉しいですぅ……♪」
「あなたは手に入れた大きな胸で、世界中の人をぱふぱふして幸せにするのですよ」
「……ぱふぱふってなんですかぁ?」
「幸福の魔法です」
それを聞いてウンウンと頷く彼女の目は半開きで、離れて見ていても虚ろであることが分かる。
先生は花音の照れによる体の体温上昇を幸せであると勘違いさせた上で、無知さに漬け込んで洗脳紛いなことをしてしまったのだ。
「さあ、リピートアフターミー。世界はぱふぱふを求めている」
「世界は……ぱふぱふを……求めてるです……」
「ふふふ、偉いですね」
普通ならおかしいと思って踏み止まることではあるが、彼女は極端に純粋で周りに影響されやすい。今止めなければ本当にぱふぱふ大魔王の一味になってしまうだろう。
唯斗がそう思って止めに入ろうとした瞬間、ずっと隣で我慢できないとばかりにうずうずしていた
「花音、騙されるな!」
「……瑞希ちゃん?」
「世界はそんなものじゃ幸せにならないぞ!」
「何を言ってるですか、世界は救われるんですよ?」
「くっ……もう洗脳されちまったってのか……」
その表情に数分前までの花音の面影はなく、フラフラと生気を感じられない歩き方で瑞希に近付いてくる。
「瑞希ちゃんもぱふぱふするです。幸せのおまじないですよ?」
「お前は騙されてるんだ、目を覚ませ!」
「ぱふぱふ大魔王は嘘をつかないです」
「花音、ちゃんと自分を見ろ」
「どうしてですか?」
「お前はぱふぱふできない、足りないんだ……」
「足りない……ですか?」
そう呟くと同時に、花音はピタリと足を止めた。そしてしばらくの間自分の体を見つめると、眉を八の字にしながら首を傾げる。
「何が足りないですか?」
「え? いや、その、胸がだな……」
「大きくないと出来ないのですか? ギュッとするだけなのに」
彼女の残念そうな言葉を聞いて、先生も含めた全員がつい先程心の中で呟いた一言を思い出した。
そう。『花音は純粋』というものである。
純粋ゆえに受け入れることに貪欲であるが、その欠点として勘違いしていても信じて疑わないのだ。
今の花音はぱふぱふがハグのことだと思い込んでいる。これなら救いようがあると察した瑞希は、その綻びを見逃さなかった。
「……いや、出来るぞ。ギュッとするだけだもんな」
「えへへ、よかったです♪」
「私にもしてくれるか?」
「もちろんです、瑞希ちゃんは私の初めてのぱふぱふですよ!」
「ふふ、そうだな」
あえて否定しないという道を選んだ彼女は、花音に抱きつかれると嬉しそうに微笑んでそっと抱きしめ返す。
何度見ても癒される光景だ。夕奈が「総理大臣になって同性婚認めよかな」なんて呟くから、無理だという気持ちを込めて見つめておいたけど。
「でもな花音、私以外にはするなよ」
「どうしてです? ぱふぱふは悪いことですか?」
「そうじゃない」
「悪くないのにしちゃいけない……わからないです」
「だから、その……」
しかし、このままでは本当に色んな人にぱふぱふと称してハグをしかねない。そのせいで万が一花音の見に何かあったとしたら……。
そんなことは(先生以外の)全員が望まぬこと。そのための瑞希による対策がこの一言だった。
「わ、私だけにして欲しい……から……」
止めるための口実なのかも分からないほど、気持ちの込められた呟き。
耳まで赤くして声も震えて、これが単なる演技だったとしたら、瑞希はきっと女優になれるだろう。
唯斗が心の中でそう呟いたのも、それが心の底からの本心であることが分かるからだ。
「だ、ダメか?」
「ダメじゃないです! 大歓迎です!」
「本当か?!」
「私は瑞希ちゃん専用のぱふぱふです♪」
「うぅ……花音……!」
こうして洗脳が解かれたかどうかは怪しいものの、瑞希がぱふぱふという名のハグをされたことで、少なくともこの場は幸せな空気に包まれたのであった。
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