第295話 頼むは一時の後悔、頼まぬは一生の後悔

 あれから少し並んで、唯斗ゆいとたちは目的のお店に入ることが出来た。

 通行人から見られる店頭の席なのは少し不満ではあったが、パラソルで日陰が作られている上にちょうど冷たい風の通り道なのでよしとしておく。


「噂通り美味いな」

「美味しいです!」

「初めての味だね〜♪」


 満足げにストローでシークヮーサージュースを飲む3人と同様、こまると夕奈ゆうなも彼の隣でニコニコしていた。

 そんな顔を見ていると、そんなにも美味しいのかと少し気になってしまい、興味が湧いてきたところでこちらを振り向いた夕奈と目が合ってしまう。


「ふふん♪ もしかして欲しいのかい?」

「……別に」

「令和の沢〇エリカかて。お腹いっぱいだなんて言って頼まないから損するんだよ」

「……」

「図星だから黙っちった?」


 彼女は不満そうに顔を背ける唯斗に擦り寄ると、まだ半分ほどジュースの入っているコップを目の前で揺らした。

 そしてにんまりと悪い笑みを浮かべると、耳元に口を寄せてわざとらしくねっとりとした口調で囁く。


「夕奈ちゃん、もう飲めないのぉ♡」

「そっちだってお腹いっぱいなんじゃん」

「だからね、残りを唯斗君にあげてもいいんだよ?」

「まあ、飲めないなら勿体ないし……」

「た・だ・し♪」


 残飯処理ならぬ残飲処理をするという大義名分で受け取ろうとした矢先、コップはひょいと手の間を抜けて高く掲げられてしまった。

 背丈の差的に立ち上がれば届くはずなのだが、いつの間にか夕奈の右膝が自分の太ももにのしかかっていて動けない。

 唯斗が急かすように「何か条件があるの?」と聞くと、彼女はゆっくりと頷きつつコップを自分の口の高さまで下ろしてきた。そして。


「ちゃんと……このストロー使ってね?」


 そう言いながらペロッと出した舌でストローを自分の方へ引き寄せ、まるでキスをするかのようにその先っぽへ唇を接触させる。


「飲みたいんだよね? ほら、飲んでもいーよ?」

「外道め」

「ふふふ、なんとでも言いんしゃい!」

「そんなに飲ませたくないなら、飲ませないって言えばいいだけなのに」

「……いや、飲んで欲しいからしてるんだけど?」

「いや、夕奈の唇がついたものなんて飲めないよ」

「言っとくけど汚くないかんね?! 昨日もちゃんと歯磨きしたしぃー!」

「別にそこは心配してないから」


 この距離にいても夕奈の匂いで気になったことなんてないから、きっとそういう所に気を遣っているのだろうとは唯斗も分かっていた。

 今言っているのは間接キスになってしまうという意味であり、彼が潔癖だとかそういうことは関係ないのである。


「……唯斗」

「どうしたの、こまる」

「これ、あげる」

「こまるもジュースくれるの?」

「お腹、いっぱい。飲んで」

「それなら仕方ないね」


 頼まれたなら断る理由もないので、唯斗は差し出されたコップを受け取り、ストローを抜いて飲み始めた。

 ただ、その様子をじっと見ていたこまるがしゅんと俯いたのに気が付くと、コップの傾きを元に戻して口を離してしまう。


「まさかとは思うけど、こまるもストロー使えって言いたいの?」

「……出来れば」

「それは困っちゃうよ」

「無理なら、いい」

「そんな悲しい顔しないで。大丈夫、こうして飲んでも微量の唾液成分は混入してるから、間接キスと同じ効果はあるよ」

「そういう、問題じゃ、ないから」


 こまるは真顔のままグイッと顔を近付けてくると、両手で唯斗の頬をガシッとホールドする。

 そして強引に目を合わせながら、淡々とした口調で「気持ちの、問題」と呟いた。


「唯斗、ストロー、使わない。直接、キスする」

「待って、それはやめようよ」

「私だと、イヤだ?」

「そういうことじゃなくて、みんな見てるし。通行人だっているからさ」

「じゃあ、トイレ。あそこ、人来ない」

「身の危険を感じるんだけど」

「大丈夫。ちょっと、休むだけ」

「それ絶対大丈夫じゃない時に言うやつだから」


 それから抵抗し続けてようやく拒めそうと言うところで、「私も人気のないところ行きたい!」と夕奈まで参戦してきてしまう。

 2対1では抗いようもないため、唯斗は仕方なく2人のストローを使うことにするのだけれど、たがの外れた2人にトイレへと引きずられていくのだった。


「あんまり長居するなよ」

瑞希みずき、止めてよ」

「悪いがお腹いっぱいで動けないんだ」

「私も動けないかも〜♪」

「み、右に同じくです! 席は左側ですが……」

「……見捨てられた」


 彼が最後にドアの隙間から見たのは、満面の笑みで親指を立てる瑞希の姿。

 いつか助けなかった分のお返しはしてやろう。唯斗がそう密かに復讐心を燃やしていたことは言うまでもない。

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