第296話 外れたタガの修復は難しい
「……あの、この状況分かってる?」
お店のトイレの奥に追い込まれた
その横にいる困るも同様に首を縦に振ると、2人はジリジリとこちらへ近付いてきた。
「ここトイレだからね。いくら男女どちらが使ってもいいタイプだとしても、一緒にいるところを見られたらまずいよ」
「どうマズイのかにゃー?」
「勘違いされる」
「別に、いい」
「こまるたちがよくても僕は良くないよ」
何とか両手で押さえようと2人の肩を掴んだものの、彼女たちの高さが合っていないせいで上手く力を入れられない。
どう切り抜ければ良いかと考えているうちに、夕奈が腕を振りほどこうと素早く体を揺らした。
「ダメだって、本当に」
「ここまで来て止められるかい!」
「ストロー使ったら何もしないって言ったじゃん。話が違うよ」
「夕奈ちゃんが易々と約束を守ると思うか!」
「私も、守れない」
「せめてこまるだけは正気に戻ってよ」
「……ごめん。我慢、出来ない」
彼女がそう言いながら胸元の服をギュッと掴んだのを見た唯斗は、そこに込められた感情につい心を許されてしまう。
その一瞬の好きを狙って夕奈が動いたせいで反応が送れた彼は、慌ててもう一度彼女を止めようとするが――――――――――。
「いつっ…………あっ」
強引に蓋の閉まったトイレの上に座らされた唯斗は、壁にぶつけた後頭部の痛みが鎮まった頃、ようやく自分の失敗に気が付いた。
「やん♡ 唯斗君のえっちー♪」
自分が座ったことで元の高さよりも腕が下になると、肩に伸ばしていた手も同時に下がってしまう。
それによって彼の手のひらは、ちょうど夕奈の右胸部を押さえていたのだから。
「違うよ、わざとじゃないから」
「んふふ、慌てちゃって可愛いなーもう♪ 大丈夫、夕奈ちゃんは全部わかってるから……ね?」
随分と余裕ぶっているが、唯斗は彼女がこういう類のアクシデントに弱いことは知っている。
トイレに男女一緒と言えばR-18なことを思い浮かべがちではあるが、夕奈に限っては少しからかってやろう程度の気持ちだったに違いないのだ。
その証拠に、「わかってる、わかってるから……」と呟く彼女の顔は真っ赤になっている。
チラッと後ろ側に見えるこまるの顔と比べれば、その赤さは一目瞭然だった。
「どう考えても夕奈が悪いけど、僕だって罪悪感くらいは覚えるんだからね。この辺りでおふざけはやめとこうよ」
「む、胸触っといて何男気のないこと言うなし!」
「わざとじゃないって言ってるじゃん」
「わざとじゃなくても1回は1回。ちゃんと責任はとってもらうかんね」
「……何するつもり?」
「そりゃ、触っちゃいけないところ触ったんだから、触り返されるのが筋ってもんやろ!」
言葉を発すれば発するほど、自分は何言ってるんだとばかりに顔の赤みが増していく。
そんな夕奈を止めたい気持ちは山々ではあるが、彼女は体が密着しそうなほどグイグイと迫ってきていた。
胸タッチの件でどこなら触ってもいいのかと過敏になってしまっている唯斗にとって、近いということはとても不利な状況なのである。
「触るって、男の胸なんて触って楽しいの?」
「そういう意味やないわ!」
「え、じゃあ、こっちのこと……?」
「どこかは知らないけど、多分そこじゃない」
「他に触っちゃいけない場所なんて―――――――」
彼が心の中で『もしかしてお尻かな』と呟きながら、自分の太もも辺りへ視線を落とそうとした直後だった。
意を決したように体を前に倒した夕奈の体重が唯斗にのしかかり、受け止めようとして正面を向くと同時に柔らかいものが唇の先に触れる。
「っ……」
「んっ……」
もう何度目かの感触なせいか、拒む意思は咄嗟には出てこなかった。
しかし、視界の端にこまるの顔が見えた瞬間、唯斗はどこに触れるかなんて気にせず無理矢理夕奈を引き離して立ち上がる。
「何してるの、こまるの前で」
「私ちゃんと言ったよ、触れちゃいけないところに触れるって」
「どうしてわざわざ唇同士なの」
「そうしたかったからに決まってるやん?」
「…………はぁ」
深いため息をついた彼が、呆れながらトイレから出たことは言うまでもない。さすがに2人ともこれ以上は止めようとしなかった。
「するならするって言っといてよ。回避する方法探す時間が必要だから」
「そんなに夕奈ちゃんのキスがイヤか!」
「イヤというか……うん、イヤだね」
「考えるの面倒になったな?」
「正解。よくわかったね」
「それくらいわかるわ!」
手拭き用の紙で濯いだ口元を拭いながらそんな話をしていた唯斗は、正直なところ戸惑っていた。
一瞬は彼女を受けいれそうになった自分がいることと、未だに赤い夕奈の顔を見ると収まりかけた鼓動の激しさが元に戻ってしまったという事実に。
「……いや、疲れてるだけかな」
「ん? 何か言った?」
「何でもない。夕奈も顔洗っときなよ、まだ赤いから冷ました方がいい」
「べ、別に恥ずかしがってなんかないしー!」
「バレバレの嘘はいいから」
唯斗が早くしてと促すと、彼女は不満そうに頬を膨らませながらも「洗ったらせっかくのキスが……」と反省の色が見えないので――――――――。
「ぶへっ?! な、何するのさ!」
「それでちゃんと洗う気になったでしょ」
手のひらに出したハンドソープを顔に押し付けて、軽くウォッシュしておいてあげた。
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