第290話 二つ名は一般人が付けるから大抵ダサい

 夕奈ゆうなから密かに囁かれているみんなの二つ名を聞くことにした唯斗ゆいとは、あまり期待もしないまま道を歩いていた。


「まず風花ふうかはね、『防御力9000のスライム』だよ」

「どういうこと?」

「ほら、風花っていつも第二ボタンまで開けてるくらいユルユルじゃん?」

「確かに初対面の印象は緩そうだったね」

「緩そうなのに実は硬い。だから、防御力9000のスライムって呼ばれてるの」

「もうちょっと良いの無かったのかな」

「私に言われても困るよ」

「それもそうか」


 唯斗は心の中で『スライムってこ〇すばだと最強だからね』と呟きつつ、次に瑞希みずきのを聞いてみることにする。


「瑞希は『男勝りな乙女』だったかな」

「それは解説無しでもわかるね」

「男っぽいけど、あれでもしっかり女の子だかんね」

「意外と男の子への耐性はないみたいだったし」

「あれ、どして知ってるの?」

「店を手伝いに行った時に、事故で押し倒したことがあるから。顔真っ赤にしてたよ」

「……ちょっと夕奈ちゃんで再現VTRしてみよっか」

「断る」


 おねだりするような上目遣いをスルーして、歩を緩めることなく進み続ける唯斗。

 そんな彼に立ち止まって頬を膨らませる夕奈だったが、「花音かのんは?」と聞くと子犬のように駆け寄ってきてニコニコと話し始めた。


「カノちゃんは『止む無き庇護欲ひごよく』だよ」

「まさにその通りだね」

「瑞希といる時の笑顔はエナドリの10倍の効果があるって言われてるらしい」

「確かにあれは元気出る」

「近くで見れる男の子なんて、唯斗君しか居ないんだよ? もっとありがたく思いなさい!」

「そう言われて思ったけど、花音って異性苦手なんじゃなかったっけ?」

「ネガティブ100倍になるくらい苦手だね」

「僕にはすぐ慣れてたみたいだけど」

「男だと思われてないんじゃない?」

「……そうなのかな」


 確かに唯斗は自他ともに認めるほどに男らしさとは無縁ではある。かと言って女らしさがあるわけでもないが。

 いわゆるもやしな上に草食系であるが故に、男と意識されていない可能性は十分あるだろう。しかし、それにしても適応が早すぎでは無いだろうか。


「男らしさってどうやれば手に入るのかな」

「唯斗君、もしかしてカノちゃんを狙って……」

「あ、でも花音が話してくれなくなるのは嫌だからやめとこ。急によそよそしくなられたらさすがに傷ついちゃうし」

「夕奈ちゃんも話せなくなっちゃう♪」

「……やっぱり頑張ろうかな」

「なんで?!」


 本気で男らしさの探求を検討する唯斗だったが、こまるに「今の唯斗、好き」と言われると、「ならこのままがいいね」とあっさり諦めた。

 彼自身も我ながら甘すぎると分かってはいるものの、こまるにはあまり抗いたくないのである。


「それでこまるは?」

「マルちゃんはいくつか派閥があるんだけど」

「何それ、内閣みたい」

「一番優勢なのは『君の笑顔が見たいNo.1』ってのかな。ほら、マルちゃんって顔に出ないタイプだから」

「無表情が圧倒的に多いもんね」


 夕奈によれば、他の勢力は『感情のパンドラ』だったり『我が校のマスコット』と、他の3人に比べると謎な部分が多い傾向があった。

 これだけ近くにいる唯斗でさえ、何もかもを知っているとは言いきれない存在なのだから無理もない。


「マルちゃんの笑顔ってウルトラレアだし?」

「人を、カードみたいに、言うな」

「昔なんて話もしてくれなかったもんねー」

「それは、ウザかった」

「じゃあ、今は夕奈ちゃんのこと好きなんだ?」

「……」


 その問いかけにしばらく黙っていたこまるは、夕奈がしゅんとしかけた瞬間に小さく頷く。

 そんな様子に満面の笑みを浮かべた彼女が、嬉しさのあまり小さな体をギュッと抱きしめたことは言うまでもない。


「私もマルちゃん大好きだぞー!」

「邪魔」

「からの?」

「暑い」

「からの?」

「……」

「え、無視?!」


 もはや持ち芸とも言えるウザ絡みをする夕奈だったが、唯斗も含めてこまるが満更でもなさそうな表情をしていることはわかっていた。

 それでもやはり、たまにははっきりと言葉にして欲しいのだ。彼女の照れ隠しが気持ちの深さを教えてくれるから。


「知ってる、くせに。大好き、だって……」

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