第274話 隠したくても溢れる感情
カフェレストランの中も探し回った。それでも見覚えのある顔はひとつも見当たらず、汗が頬を伝うのも気にせずさらに前のエリアまで走る。
「……あれ、唯斗君?」
そして、色んなカップルを眺めたベンチの前を通り過ぎた時、背後から探していた声に呼び止められた。
「こんなところで何やってるの?」
「……それは僕のセリフ。どうしてこんなところにいるの」
「トイレに行ってただけだよ?」
「なら声掛けてよ」
「可愛い女の子がお腹痛いなんて言えるかい」
「言ってくれないから心配したんじゃん!」
「……ふーん?」
思わず声を張り上げてしまった唯斗は、にんまりと笑う夕奈を見てしまったと口を押える。
心配したのは本心に違いないものの、彼女は平気でそういうことをからかってくるからだ。
だからこそ、彼はすぐに取り消そうと口を開いたが、飛んできた言葉は意外にも穏やかなものだった。
「そっか、心配してくれたんだ」
「……一応友達、らしいから」
「らしい?」
「はいはい。友達だよ、夕奈は」
「ありがとう、すごく嬉しい」
夕奈はそう言いながら、ポケットから取り出したハンカチで唯斗の汗を拭ってくれる。
ポンポンと優しく、無言の時間すら楽しむように、温もりを感じられそうな微笑みで。
「本当はね、伝えづらかった。唯斗君はマルちゃんと仲良くしてたから、邪魔しちゃ悪いかなって」
「いつも邪魔してくるのに?」
「私だって邪魔しちゃダメな時は邪魔しないよ。それくらいの気遣いは出来てるもん」
「……確かに」
思い返してみれば、散々邪魔された記憶はあるものの、そのせいで何か取り返しのつかないことになったことはほとんどない。
ただひとつ、旧体育倉庫に閉じ込められた時だけは、本当に終わったかと思ったけれど。
「あの時の私はね、マルちゃんの邪魔をしちゃダメだと思ったの」
「それも取り返しのつかないことになるから?」
「うん。マルちゃんにとってあの時はチャンスだったから。私が割り込んだら怒らせちゃってた」
「こまるはそんな小さくないと思うけど」
「友達だもん、それくらい分かってるよ」
彼女は「心ではね」と付け足すと、ハンカチを畳みながら短いため息をこぼす。
「それでも、お似合いな二人を見てると邪魔したくなるの。やっちゃいけない邪魔までしたくなるの」
「やっちゃいけない邪魔?」
「……それは言えない。でも、チラつく度に自分が嫌いになりそうで、だから逃げるしか無かった」
彼女はトイレをしに来たと言っていた。しかし、考えてみればこの場所に来るまでトイレは数箇所にある。
どうしてそれらを使わなかったのか。唯斗に想像するのは難しかったが、その表情を見れば何となくわかる気がした。
彼女は出来るだけ離れたかったのだ。そうでないと自分の気持ちが収まらないから。距離を感じられないと、一人になれた気がしないから。
「ごめん、それなら迎えなんて迷惑だったよね」
彼がそう言って離れようとすると、夕奈は首を振りながら腕を掴んで引き止めた。
それから「唯斗君を見つけた時、すごく嬉しかったの」と声を震わせながら遠慮がちに引っ張ってくる。
「きっと
「こまるは安全な場所にいるから。どこにいるか分からない夕奈の方を優先しただけだよ」
「うん、思ってた通り。唯斗君はマルちゃんとか、カノちゃんが同じ目にあっても助けてくれるはずだもんね」
「友達だからね」
「……うん、友達」
ボソッと呟いて下唇を噛み締める夕奈。彼女が抑えようとしていた気持ち、それが何なのかは唯斗には分からない。
いや、正確には察しはついているけれど、彼女の口から聞くまでは自分の心を信じられないと言うべきだろうか。
「僕、自分を変わり者だなって初めて思ったよ」
それでもひとつだけ確かなことがある。自分を信じようが信じまいが、絶対に変わることの無い答えがひとつだけ。
「いつも嫌いだって言ってるのに、居るかもしれないと思った場所に居ないだけですごく悲しくなったんだから」
「見つけられて嬉しかった」
「唯斗君……」
「ほら、みんなのところに戻ろうよ。早くしないとあの先生なら放置してバス発車させそうだし」
「ふふ、その時は2人で歩いて帰ろっか」
「……いや、タクシー呼ぼうよ」
「私がおんぶしてあげる! 夕奈タクシーだよ!」
「煽り運転しそうだから遠慮しとく」
「するかい!」
結局、夕奈が出すまいとした気持ちの正体を聞くことは出来なかったけれど、唯斗はいつも通りのつまらない会話を止めようとはしなかった。
だって、彼は彼女と交わしたあの約束……というより、5つ目の貸しを使って下した命令をまだ覚えているから。
『次に告白する相手は、本気で好きな人にして』
彼女が次に真面目な表情でそういう気持ちを口にしてくれるまでは、ただの友達を貫いて変わらない関係を築いていく。
唯斗はそう心に誓っているのだ。
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