第271話 食レポって大袈裟だと疑われるよね

「んめぇぇぇ!」


 突然そう叫び始める夕奈ゆうな。もちろん彼女がヤギになったわけでも、隠し芸大会でヤギのものまねをしているわけでもない。

 夕奈の右手には、つい先程運ばれてきたソフトクリームが握られている。それを一口食べた直後の叫びだと考えれば、自然にあふれ出た心の声だと―――――——。


「……いや、思えないね」

「ほぇ?」

「そんなド直球な感想、いかにもな食レポかアニメでしか見たことないよ。普通は心の声ってボソッと漏れるものじゃないの?」

「よくわかんないけど、夕奈ちゃんダメ出しされてる⁈」

「確かにおいしいよ。でも、ちょっと大袈裟過ぎない?」

「だって、おいしいって言ってる女の子は可愛いってキャ○キャンで見たもん……」

「夕奈はさっきなんて言ったっけ?」

「っ……んめぇと……」

「おいしいじゃないよね? じゃあ、おいしいと言っていない夕奈は?」

「可愛くな―――――――――って何誘導しとんねん!」


 唯斗ゆいとの『自分を可愛くないと言わせる作戦』に感づいた彼女は、唯斗のアイスクリームをひったくると、にんまりと笑いながらそれをゆらゆらと揺らす。


「このアイス、食べちゃおっかなー?」

「食べた分のお金は取るよ」

「払わんしぃー!」

「……何が目的?」

「夕奈ちゃんは可愛いと言うのだ!」

「調子に乗るから絶対にイヤ」

「可愛いと言えぇぇぇぇ!」

「そんな某海賊漫画みたいに言われても」

「どうしても言わないなら、こっちにも考えがあるかんね」


 夕奈はふんと鼻で笑ってからあーんと口を開けてソフトクリームを一口。ミックス味を頼んでいた彼女は、「バニラもうめぇー!」と見せつけるような笑顔でもう一口。

 そして、表情まで蕩けてしまいそうな濃厚な味わいを堪能してから、夕奈が「間接キス完了……」と言いかけた瞬間だった。


「私も」

「え、あっ……」


 いつの間にか忍び寄っていたこまるが飛びかかり、残っていたソフトクリームのほとんどをガブッと食べてしまったのである。


「わ、私のソフトクリームがぁぁぁ!」

「いや、僕のだからね」

「……」モグモグ

「マルちゃん、ペってしよ。ね?」

「……」ゴックン

「の、飲み込んだ?! 私のソフトクリームぅぅ……」

「だから僕のだってば」


 せっかく頼んだと言うのに、結局食べられたのは一口だけ。手元に戻ってきたのも、コーンの部分だけだ。

 代金は夕奈に全額払わせるとして、こまる口元から顎にかけて垂れている白い液体を拭ってあげる。


「っ……痛い……」

「アイスクリーム頭痛かな、一気に食べ過ぎだよ」

「……ごめん」

「謝るなら最初からしないでね」

「間接キス、したかった」

「もはや僕じゃなくて夕奈としてるけど」

「気分の問題」

「こまるがいいならいいんだけどさ」

「大満足」


 こめかみを抑えながら見つめてくる彼女を、唯斗はアイスクリームを食べられた程度で怒る気になれなかった。

 大人気ないとか楽しい雰囲気を壊したくないとか、そんなわかりやすい理由では無い。ただ、その顔を見ると怒りというものが湧いて来ないのだ。


「じゃあ、夕奈ちゃんも許してくれる?」

「……いいよ。怒る気無くしたから」

「よしっ!」

「でも、アイスクリーム代は返してね」

「マルちゃんの方がたくさん食べたじゃん!」

「それは結果。責任は元凶にある」

「私にだけ厳しくない?!」

「僕って人を見て判断するタイプだからさ」

「開き直るなし!」


 その後、店を出る時に夕奈がちゃんとアイスクリーム代を渡してきたけど、やっぱり受け取るのは断っておいた。

 結果的に食べれたコーンは美味しかったし、2人の楽しそうな顔だって見れた。それだけでお腹いっぱいになってしまったのである。


「なんだかんだ言ってるけど、唯斗君って私のこと好きだよね!」

「嫌いではないよ。好きでもないけど」

「そんなこと言って、天邪鬼あまのじゃくなんだからー♪」

「はいはい、本当は好きだから離れて」

「だが断る! デート気分を味わおうやないの」

「……はぁ、疲れる」


 食後の眠気のせいで抵抗する気も起きず、新たな水槽に向かうまで延々とベタベタくっついてこられることになる唯斗であった。


「もっとふにふになら良かったのに」

「え、何か言った?」

「夕奈は細いなって言っただけ」

「んへへぇ♪」

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