第270話 間違いを認められるのも賢さ
食事は順調に進み、入店から30分強で3人ともが運ばれてきた皿を空にした。
「いやぁ、お腹いっぱいだー♪」
「大満足」
「それにしても、タコを見た後に食べるタコライス。悪いことしてる感がすごかったよ」
「
「…………いや、知ってっしー!」
タコライスのタコはスペイン語で軽食という意味であって、決して足が沢山ある海の生き物のことでは無い。
やけに間があったことから察するに、彼女は勘違いをしていたのだろう。よくある間違いだから恥じるほどでもないのだが。
「てか、
「関西弁になるのって嘘ついてる時の癖だよね」
「ちゃうちゃう! わいはタコライスのタコがクラーケンやないことは知っとるんや」
「そりゃ、タコはクラーケンじゃないだろうね。クラーケンってイカだし」
「…………はぁ、あー言えばこう言う!」
「これって僕が悪いの?」
常識の範疇の問題だから怒られるいわれは無い。そう言い返そうと思ったが、夕奈にはそもそも常識が無いことを思い出してやめておいた。
代わりに話の路線を強引に変更して、面倒事を回避しながら会話を次の段階へと進める。
「
「そうやな」
「いい加減関西弁はやめて」
「せやかて唯斗、わいは生粋のかんさ――――――」
「……」
「や、やめるから聞こえないふりはやめて?!」
「……」
「こうなったら夕奈流奥義を見せてやるし!」
彼女はそう言いながら立ち上がると、右手を床と垂直に構えてすぅーっと息を吐く。
それからその腕を高く振り上げると、「頭かち割りスペシャル!」とダサい技名を叫びながら、唯斗の頭目掛けてチョップを振り下ろした。しかし。
「うるさい。静かにしてよ」
「な、なん……だと……?」
攻撃がヒットする直前、唯斗は頭を一切動かすことなく夕奈の手首を掴んでチョップを受け止める。
そしてグッとしゃがませるように自分の方へと引き寄せると、彼女の顔を見つめながら深いため息をついた。
「……少しは高校生らしくなってよ」
彼はそう言いながら、夕奈の口元についたソースを手拭き用のウエットティッシュで拭ってあげる。
予想していなかった行動に固まってしまう彼女だったが、やがていつも通りヘラヘラも笑いながら自分の席へと戻った。
「えへへ、あまりに美味しかったもんで……」
「横を歩く僕たちが恥ずかしくないようにしてよね」
「美少女だから何しても大丈夫やし!」
「じゃあ、『布団が吹っ飛んだ』って叫びながらトイレまで歩いてくれる?」
「唯斗君、そんなことしたら迷惑になるじゃん。少しは周りの人のことも考えなよ」
「正論だけど夕奈にだけは言われたくない」
急に真面目になるバカにはイラッとするので、とりあえず自分のお皿を彼女の方へと移動させて、いかにも2人前食べたように見せる嫌がらせをしておく。
された側の本人はその意図に気が付いていないらしかったから、精神的ダメージとしてはゼロに等しいみたいだったけど。
「唯斗」
「ん? どうしたの、こまる」
「これ、頼む」
ツンツンと肩をつついてからメニューを見せてくるこまる。確認してみると、彼女が指しているのは美味しそうなソフトクリーム。
本州でこの時期にこんなものを食べていたら、一年中半袖短パンで登校する小学生と同レベルだと思われるだろうが、ここは沖縄だから関係ない。
「店員呼んであげるね」
「ありがと」
「夕奈もソフトクリーム食べる?」
「えー、少食だから半分しか食べれなーい♪」
「それじゃあ僕が半分……いや、食べなくていいよ」
「今、求めてた答え言いかけたよね?!」
「幻聴だと思うけど」
「幻聴なら最後まで聞かせろやおら」
机の下でつま先を踏むという小さな嫌がらせをしてくる夕奈に、唯斗は無視して2人分だけソフトクリームを注文しようとする。
しかし、「やっぱり別腹が唸りを上げてる!」とわけのわからないことを言って、結局3人分注文が通ることとなった。
「バクバクパンケーキ食べてたんだから、まだまだお腹空いてるでしょ」
「別腹の限界突破して新エリア解放したから、ソフトクリームくらいなら入るかな」
「10個?」
「1個だよ」
「どんだけ?」
「それはIKK〇さん」
「小学生のハイキングにいいよね」
「それは
「夕奈のくせに賢い。さては偽物じゃな?」
「それは疑り深いおっさん! って、本物やわ!」
「いや偽物でしょ、それ」
彼がそう言いながら夕奈の胸元にチラッと視線をやると、彼女は「え?」と思考停止してしまう。
「どうして知ってるの?」
「瑞希が呟いてた。今日はパッド入れてるなって」
「……そ、そんなことないけどなー?」
「こまる、確認してもらっていい?」
「らじゃ」
「え、あ、ちょ……?!」
机の下をするりと抜けて夕奈の元へ移動したこまるが、服の中に入り込んできて大慌てする夕奈。
瑞希の発言が真実であったことが証明される頃には、彼女はソフトクリームが届く前からプルプルと小刻みに震えていたのだった。
「し、仕返ししてやっかんな……」
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