第264話 デートの形はひとつじゃない

 個水槽が並ぶエリアを堪能した後は、ちょうどW.C.の看板が見えたので一度トイレ休憩を挟むことになった。

 唯斗ゆいとが用を足して出てきた時には、みんなまだ戻ってきていないようなので、近くのベンチに腰を下ろしてくつろぐことに。


「たくさん魚がいるね!」

「そうだな、すげぇ綺麗だ」

「ねえねえ、私より?」

「んなわけないだろ」

「もう♪」


 寝るには最適な照明ではあるものの、ここで寝るわけにはいかないため、暇つぶしに近くにいたカップルを眺めてみた。

 片時も離れないんじゃないかというほどしっかり手を繋いで、魚と言うより魚を見ているお互いの表情を楽しんでいるように見える。


「あなた、この魚可愛いわね」

「ああ」

「あっちの水槽も見ましょうか」

「そうするか」

「ふふ、あなたが楽しそうで嬉しい」

「俺もだ」


 こちらは夫婦だろうか。落ち着いた女性と寡黙な男性のペアで、先程のカップルとは随分の雰囲気が違う。

 しかし、傍から見てもデートであることは伝わってくるところから察するに、男女でのお出かけの楽しみ方の形はきっとひとつでは無いのだ。


「……なるほど」


 単なる時間潰しのための人間観察ではあったが、唯斗は思わぬ収穫をしてしまった。

 先程楽しみ方はひとつではないと述べたが、2組のカップルには共通点が一つだけあったのである。

 それは手を繋いでいたこと。これはこまるを楽しませてあげるためのいい手段になるかもしれない。


「唯斗君、お待たせ」

「でも、いきなりは良くないか……」

「唯斗君?」

「タイミングなんて言われても分からないけど」

「ねえ、聞こえてるー?」

「うるさいな。やっぱり、段階を踏むべきなのか」

「今、うるさいって言ったよね?! 聞こえてるなら返事してよ!」


 何とか他のみんなが戻るまで無視しようかと思ったが、予想以上に騒がしかったので彼は仕方なく夕奈ゆうなの言葉に反応してあげた。


「なに?」

「いや、戻ってきたから声掛けただけだよ」

「そっか。今考え事してるから静かにしてて」

「何か悩みかい? 夕奈ちゃんに相談してみな!」

「女の子の手を握っていい瞬間っていつなの?」

「私ならいつでも歓迎だけど」

「ごめん、聞く相手間違えた」

「冗談だって!」


 真面目な答えが返ってくる気配がないので会話を切り上げようとすると、彼女は慌てて「ちゃんと考えるから!」と唯斗の思考を引き戻す。


「ていうか、ぶっちゃけマルちゃんのこと?」

「それ以外ないでしょ」

「ふーん、そっか。私も待ってるんだけどなー?」

「まだふざけてるの?」

「真面目に言ってるの。手くらい握ってよ」

「首なら前向きに考えるんだけど」

「締めようとしてるよね?!」


 夕奈が「唯斗君こそ真面目に聞いてよ……」と視線を床に落とす様子を見て、彼は「わかったよ」と一旦言葉を否定する気持ちを捨てることにした。


「周りを見たらカップルが多いじゃん? 夕奈ちゃんもそういう雰囲気にあてられちゃうんだよね」

「周りに流されやすいのかな」

「まあ、そんな感じ。こんなこと頼めるの唯斗君しかいないし、繋いで欲しいな……なんつって」

「別に頼まれたらしなくもないけどさ」

「とりあえず、マルちゃんと繋ぐ前に夕奈ちゃんで試してみない? 今なら安くしとくよ?」

「安くって……いくらなの」

「キス1回♪」

「ふぅ、みんな遅いな」

「嘘だから全部無かったことにしないで?!」


 ぶっつりと会話を中断してベンチの背もたれに体を預ける唯斗に、夕奈は「見返りいらないからぁ……」と手を差し出してくる。

 そこまでしてカップルに溶け込みたいというのなら、さすがに少し可哀想に思えてくるから助けてあげようかな。


「ちょっとだけだからね」

「いいの?」

「みんなが帰ってくるまでだから」


 そう言いながら、嬉しそうに笑う彼女の手を握った瞬間、色々な感覚が頭の中に飛び込んできた。

 細い指、柔らかい手のひら、照れたような表情。それを意識すると同時に、唯斗はビリッと体に電気が流れたような気がした。


「って、痛い。普通に痛いよ」

「ふふふ、してやったりー!」


 いや、ではなく実際に流れていたのだ。間違っても恋の衝撃などではない。

 ドヤ顔の夕奈が見せてきた手には、握手した時に効果を発揮するビリビリグッズが貼り付けられていた。


「さすがに弱い電気じゃ、この前みたいに可愛い声は漏らしてくれないかー!」

「そんなこと外で言わないでよ」

「あ、唯斗君の弱みだもんね?」

「二度と夕奈の手なんて握らない」

「逆の手にするから、ね?」

「どうせそっちにも付けてるんでしょ」

「ソ、ソンナコトナイケドナァ?」

「……絶対仕返ししてやるから」


 その後、しつこく握手を求められた唯斗は、夕奈の手のひらからビリビリグッズを奪い取り、彼女がギブアップするまで握り続けたそうな。


「夕奈、ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなひゃい……」

「もう二度としませんって」

「もう二度しかしません」

「あー、握手したくなってきた」

「うそうそ! 冗談だからもう許し―――――――」


 弱い電気でも与え続けると効果は大きいらしい。本人が苦手なら尚更だ。

 それからしばらくの間、夕奈はぐったりとして動けなくなってしまったことは言うまでもない。


「このビリビリグッズ、反撃用に僕も買おうかな」

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