第263話 守りたい私と守られる君

 唯斗ゆいと風花ふうかの罠にめられているちょうどその頃。

 瑞希みずき花音かのんは、部屋の中央にある円柱形の水槽を覗き込み、中々穴から顔を出さないチンアナゴと葛藤していた。


「……出てこないです」

「砂の中にいるみたいだな」

「恥ずかしがり屋さんなんですか?」

「あんまり見つめると出て来づらいのかもな」

「なるほどです!」


 花音はウンウンと頷くと、吹けない口笛を真似しながらくるりとそっぽを向く。

 気にしていないふりをすれば、チンアナゴも顔を出してくれると思ったのだろう。その考えを察した瑞希も同じように水槽に背中を向けた。


「ひゅーひゅー」

「……花音、一匹出てきたぞ」

「本当ですか?!」

「待て」

「わん! って私は犬じゃないですよぉ!」

「そういう意味じゃない。他のチンアナゴも出始めてる、もう少しの辛抱だ」

「……」コクコク


 それからもう少し見ていないふりを続けた後、そろそろいいだろうと振り返ってみれば、思ったよりも多くのチンアナゴが体の一部を砂から出していた。


「すごいです、たくさんいます!」

「ちっちゃい蛇みたいだな」

「近くで見るとすごく可愛いです♪」

「ここにはチンアナゴとニシキアナゴがいるらしい」

「白いのがチンアナゴさんですか?」

「おう。オレンジっぽいのがニシキアナゴだ」

「どっちも可愛いですね!」

「だな」


 水槽の前でユラユラと揺れるチンアナゴたちをじっと見つめていると、自然と自分の体も揺れてしまう。

 瑞希がそんなことを思いながら微笑んでいると、隣で同じように揺れていた花音がとあることに気がついた。


「皆同じ方を向いてますね、不思議です」

「その理由、聞いたことあるぞ」

「教えてください!」

「こいつらのエサは基本的にプランクトンなんだ。水族館だから他のエサも食べるだろうけどな」

「もしかして、プランクトンさんが流れてくる方向を向いてるですか?!」

「察しがいいな、正解だ」

「えへへ♪ チンアナゴさんたち、賢いんですね」


 照れたように後ろ頭をかいた彼女は、「私なら口を開けたまま待ってるだけになっちゃいますよ」と笑う。


「花音なら他のチンアナゴが仕方なく手伝ってくれそうだけどな」

「お隣が意地悪さんだったら、全部独り占めされちゃいますね? 人間で良かったです」

「そうだな。おかげで私が面倒見てやれるわけだし」

「いつも助かってます♪」

「いくらでも頼れよ」

「はいです!」


 感謝の気持ちを込めているつもりなのか、花音はぎゅっと抱きついて「大好きです!」と満面の笑みを見せてくれた。

 それに対して瑞希はと言うと、少し照れながら「わ、私もだ」と腕を回してポンポンと背中を撫でてあげる。


「そう言えば、前から気になっていたんです。瑞希ちゃんはどうしてお世話を焼いてくれるんですか?」

「放っておけなかったんだよ、危なっかしくて」

「ご迷惑ですか……?」

「いいや、そんなことを思ったことは無いぞ。むしろ、妹の世話みたいでもっと助けたくなるな」

「それなら、瑞希お姉ちゃんですね!」

「っ……」

「どうかしましたか?」

「いや、お姉ちゃんって響きも良いなってな」


 瑞希は一人っ子で、昔から妹という存在に憧れを抱いているのだ。

 だからこそ、花音に対しても面倒見がいいのだが、不意打ちでそのような呼ばれ方をしてしまうと、やはり少なからず戸惑ってしまう。


「2人きりの時はお姉ちゃんって呼びましょうか?」

「や、やめてくれよ、同級生なんだから」


 少し意地悪な表情で「お姉――――」と言いかける彼女の口を塞いだ瑞希は、「でも」と目を逸らしながら呟くと。


「たまになら、呼ばれたいかも……しれない」


 耳まで赤くしながら、そう独り言のようにこぼすのであった。


「チンアナゴさんが喧嘩してます! 大変です、口を開けて怒ってます!」

「か、花音?」

「……あ、すみません! 何か言ってましたか?」

「いや、いいんだ。また気が向いたら伝えるよ」

「そうですか?」


 まあ、チンアナゴ観賞に夢中になっていた花音の耳には、上手く届いてくれなかったようだけれど。

 照れの努力は報われなかったが、瑞希がこれで良かったのかもしれないと思ったことは言うまでもない。

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