第258話 数字には勝てないのが人間

「はーい、皆さん集合してください」


 先生の声掛けで、夕奈ゆうなを拘束していた瑞希みずきも手を離して動きを止める。

 ここは海洋博公園内の駐車場で、以降は敷地内の建物ならしばらく自由に見学して良い時間となるのだ。


「一般のお客さんもいるので、あまり騒がないようにしましょうね」

「「「「「はーい」」」」」

「もしも迷惑をかけたりしたら……どうなるか、賢いみんななら分かってますよね?」

「「「「…………」」」」


 先生の言葉に、一部のクラスメイトが身震いしたような気がする。その中には夕奈も含まれているのだけれど。


「では、時間になったら戻ってきてください」


 その後、それぞれ水とお茶のペットボトルを一本ずつ受け取ってから、「解散!」という声でみんなバラけていく。

 その大半が近くにある海洋文化館ではなく、美ら海水族館に向かっていた。まあ、高校生の修学旅行ならこれが当然だろう。


「さあ、唯斗ゆいと君。私たちも行こうではないか!」

「勝手に行って。僕は文化館でのんびりするから」

「釣れないこと言わないでよ。水族館なんて最高のデートスポットやないの」

「それなら尚更行けないね」

「むっ、ドケチで性悪で意気地無し!」

「どれも身に覚えがないんだけど」


 唯斗がそんな風に夕奈をあしらっていると、いつの間にか近付いてきていたこまるがツンツンと右腕をつついてきた。


「さかな」

「こまるが言うなら行こうかな」

「夕奈ちゃんの時と反応違くない?!」

「人が違うんだもん。反応は変わるよ」

「堂々と社会のクズみたいなことを……」

「国語4点に言われたくない」

「前回は61点ですよーだ!」

「僕は92点」

「べ、別に唯斗君に負けたところでいいし」

「私、81点」

「マルちゃんまで自慢?! 唯斗君の悪いところ伝染ってるよ!」

「自慢じゃないよ、これが普通なの」

「それな」

「ぐぬぬ……」


 彼女が何も返せなくなったところで、瑞希の「行くか」という言葉に頷いて歩き出す一行。

 夕奈もしばらく落ち込んではいたが、10秒後には元気を取り戻して「待ってよー!」と追いかけてきて世に言う肩パンをしてくる。


「男子中学生みたいなことしないでよ。あ、男子中学生だから胸が―――――――――」

「一撃与えたら二発返してくるのやめて?!」

「まだ最後まで言ってないから1.5発だよ」

「最後まで言われたら5発並だかんな!」

「男子中学生だから胸無いのか」

「はい言ったー! こいつ言いましたよ奥さん!」

「誰に話しかけてるの?」

「隣町の奥さん」

「随分と耳がいいんだね」

「妖怪地獄耳って近所の子供から恐れられてるの」


 彼女が作り出した創作上の奥さんはよく分からないが、それだけ耳がいいと隣の家の痴話喧嘩もはっきりと聞こえてきて眠れないだろう。

 唯斗は、もし自分がそんな耳を持っていたらそれこそ地獄だなと思いつつ、引っ付いてくる夕奈を押し退けながら歩みを進めた。


「それにしても、小田原おだわらも丸くなったな」

「僕は元から丸いと思うけど」

「ほら、初めは断固拒否だっただろ?」

「最近は断り疲れただけ」

「そうかそうか。まあ、私はお前がいる方が面白いものが見れるからいいんだけどな」

「私も瑞希に賛成かな〜♪」

「わ、私もそう思います!」


 クスクスと笑いながら歩いていく2人と、慌てて追いかけていく花音かのんの背中を眺めつつ、彼は訳が分からないとばかりに首を傾げる。


「面白いものって何のこと?」


 夕奈の方を見てみても、彼女は「さ、さあね」と曖昧な顔をするだけ。

 ただ、こまるには思い当たる節があるようで、唯斗の肩をポンポンと叩いて屈ませると、慣れた手付きでポケットからスマホを取り出して。


「こういうこと」


 頬にキスをしながら自撮りを一枚。それが終われば、何事も無かったかのように彼の腕に抱きついて、急かすように歩き出す彼女。

 しかし、こまるは数歩進んだところで足を止めると、唖然とする夕奈の方を向いて淡々とした口調でこう呟くのだった。


「独り占め、ズルい」

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