第257話 夢は現実の延長線

 唯斗ゆいとは夢を見た。場所は見ず知らずの写真館、目の前には立派なカメラがある。


「はーい、撮りますよー?」


 そう言いながらカメラの影から顔を覗かせたのは、写真家気取りの服装をした夕奈ゆうなだった。

 口と鼻の間にはチャップリンのようなヒゲまで付いている。一体どうしたのだろうか。


「何やってるの」

「ほら、ちゃんとカメラの方見て」

「その付けヒゲ、似合ってないよ」

「お客さん、ちゃんとやってもらわないと困りますよ。こっちだって商売なんですから」

「夕奈の割に正しいこと言うね」


 とりあえず状況は理解出来ていないものの、体は自然と動いてシャッターが数回切られる。

 しかし、唯斗は5度目の撮影の瞬間、とてつもなく恐ろしいことに気がついてしまった。


「お客さん、腕はもう少しこっちね」

「足はちょっと外向きにしようか」

「目線は右上を見つめる感じだよ」

「そうそう、いい顔してるねぇ」

「はい、チーズ!」


 周囲にいたはずの撮影アシスタントさんたちの顔が、写真を撮られる度に夕奈へと変化していったのだ。

 夢なのだからそれくらいは普通なのだが、それを理解できていない唯斗からすれば絶望的事件。

 いつの間にか夕奈ズに取り押さえられ、カメラを構えていたはずのオリジナル夕奈は、気が付けば唇を突き出して近付いてきていて―――――――。


 カシャッ


「―――――――ん?」


 彼は写真を撮る音で目を覚ました。寝ぼけ眼を擦って横を見てみれば、キメ顔で自撮りをしている夕奈が見えた。

 どうやら、この『カシャッ』という音を何度も聞いたことで、夢の中に写真という要素が紛れ込んできたらしい。


「自撮りなら外でやってよ」

「今走行中なんだけど?」

「つまりそういうことだよ」

「……え、どゆこと?」


 唯斗の嫌味は頭の悪い彼女には伝わらなかったらしい。走行中の車から降りるということは、簡単に言えば色んな意味でさよならバイバイという意味なのだ。


「で、どうして自撮りしてるの?」

「沖縄来ましたみたいな感じ」

「どこかに投稿するの?」

「グループに送るだけだよ」

「グループ?」

「ほら、唯斗君も入ってる私たちのグループだよ」


 彼はしばらく考え込んでから、ようやく夕奈の言っているものが何なのかを理解する。

 滅多にRINEを確認しない唯斗からすれば、もはやあれは過去の遺産なのだ。通知が999+になってるけど。


「グループ名、『夕奈と愉快な仲間たち』だっけ?」

「そうそう、それそれ!」

「退会しとこ」

「ちょっと待てい!」


 急にグループを抜けようとする彼を何とか引き止め、「マルちゃんが悲しむ」だとか「カノちゃんが抜けないでって言ってた」なんて言葉巧みに心変わりを促す夕奈。

 まあ、彼女が夜中まで喋り過ぎて瑞希みずきに怒られてるやり取りは面白いので、もう少しだけ残ってあげることにした。


「せっかくの思い出だし、唯斗君も見るくらいはしといてよ?」

「はいはい、目を通すだけね」

「それでよろしい」


 夕奈はどことなく偉そうに頷くと、撮った写真を全部選択して送信。

 一気に流れて行く写真は全部で105枚。よくそんなにも自撮りが出来たなと半分呆れつつ、適当に流し見していたその時だった。


「……夕奈?」

「どしたの?」

「これは何?」


 そう言いながら見せ付けた画面に映っているのは、眠っている唯斗の頬にキスをする夕奈の自撮り。

 反応を見る限り彼女はそれを送るはずではなかったようで、「せ、選択外したはずなのに……」と慌て始めた。


「えっと、その、偶然バスが揺れて唇が当たっちゃって、そのタイミングで撮っちゃった……的な?」

「へえ、随分と都合がいい奇跡だね」

「さすが夕奈ちゃん、ラッキーガールだもんなー!」

「それなら僕はアンラッキーだよ」

「美少女のキスぞ? もっと喜べよ!」

「自分の意思でしたキスなら喜んだのに」

「自分の意思でキスしました!」

「はい、有罪」

「なんで?!」


 結局、夕奈は写真を消すことを断固拒否したため、到着直後に瑞希に頼んでお仕置きしてもらい、他のみんなにも画像を消してもらうように頼んだのだった。


「これでキスなんてされてないことになったね」

「夕奈ちゃんの記憶には残ってるかんな!」

「……そっちも消されたい?」

「か、勘弁してくだせぇ……」

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