第256話 バスの座席順は重要事項

 空港での点呼を終えた後は、本日のメインイベントであるちゅら海水族館へと向かうため、クラスごとに臨時バスへと乗り込む。


「他の学校の人も修学旅行に来てるんだね」

「私服なのにどうして他の学校だってわかるの?」

「ほら、一人だけ制服で来てる人がいるから」

「ほんとだ。ふっ、きっとあの人よりも夕奈ゆうなちゃんの方が賢いね!」

「夕奈なら間違えて冬服で来ると思ったんだけどね」

「そんな馬鹿やないわ!」

「期待してたのに」

「うっ、悪くないのに何故か罪悪感が……」


 唯斗ゆいとの残念そうな表情を見た夕奈は、胸を押えながら困惑してしまう。

 しかし、口ではそう言いながらも本心は夕奈の服装なんてどうでもいい彼は、さっさとバスに乗りこんで空いている席へと腰掛けた。


「ちょいちょい! 置いてくなし!」

「別にいいでしょ、話は終わったんだから」

「隣に座るんだから冷たいこと言わないでよ」

「……は?」


 彼女は「失礼しまーす♪」なんてヘラヘラしながら唯斗の隣に座ると、「ほら、シートベルトしないと」と言ってわざとらしく引っ付いてくる。


「このクラスの人数は奇数。僕は一人で悠々と座るつもりだったんだけど」

「そんな寂しいこと言わないでよ。せっかくこんなかわいい女の子がお友達なのに」

「可愛い……? 女の子……?」

「待って、可愛いはともかく女の子って事実にまで首傾げないでくれない?!」

「だって夕奈は歩く騒音機1号だし」

「2号は誰なんよ」

「……それは秘密」


 言おうかとも思ったけれど、ちょうど夕奈の後ろに花音かのんがやってきたせいで躊躇ってしまった。

 まあ、彼女が騒音機だったのは出会ってすぐだけで、それ以降は余計なお節介も焼かれてないから卒業したことにしようかな。


「私たちの仲に秘密なんていらないっしょ?」

「じゃあ、夕奈が僕の知らない秘密を吐いてくれたら教えてあげる」

「実は2キロ太った」

「へえ、つまらない秘密だね」

「つまんない言うなや! 女の子の2キロはゾウの80キロやぞ!」

「例えがよく分からないんだけど」


 そもそも、唯斗はゾウの体重がいくらなのかも知らない。ゾウが太るのかも分からない上に、太って後悔するのかも想像すらできない。

 そんな状況で面白がれと言われても、夕奈風に例えるなら『能のないたかが爪を隠す』くらい難しいことなのだ。


「とにかく秘密は教えたんだし、約束は守ってもらうかんな!」

「2号は花音だよ」

「へえ」

「どう、面白かった?」

「いや全く」

「今の気持ちを忘れないで。それ、僕が夕奈の秘密を聞いた時と同じだから」

「……確かに楽しくはないかも」

「でしょ?」


 女子高生は箸が転んでもおかしい時期とはよく言うが、さすがの夕奈もこの程度では笑わないらしい。

 そもそも、箸が転んだ程度で笑うなら、見守っていないで今すぐ病院に連れていくけど。


「でもさ、私って控えめに言って美少女やん?」

「それは否定しない」

「この顔のアイドルがいたら応援する?」

「しちゃうね」

「夕奈ちゃん、アイドルいけちゃうな……」

「やめた方がいいと思うよ」

「どして?」

「だってアイドルって変なファンとかつくし。怖い目に遭う人も沢山いるよ」

「ふふふ、心配してくれてるんだ?」

「ううん。アイドルになるとファンに守られるから、僕が夕奈を馬鹿に出来なくなるもん」

「そっちかい!」


 彼女は「馬鹿にしなくていいんだし!」と言いながらぷいっと顔を背けたが、すぐに何かを思いついたように笑顔でこちらを見つめてきた。


「唯斗君、寝たい?」

「できるならいつでも寝たいよ」

「それなら私が寝かしつけてあげる」

「どういうこと?」

「こういうこと♪」


 夕奈は後ろの席に座る女生徒に断ってから唯斗の座席を少し倒すと、彼の胸に手を当ててポンポンと一定のリズムで叩き始めた。


「到着したら起こしてあげるね」

「夕奈に……寝かしつけ、なんて……すぅ……」

「寝るのはやっ。ふふ、おやすみ」


 早起きから来る眠気の反動に抗えず、すぐに寝落ちてまった唯斗は知らない。

 夕奈が優しさを演じてまで彼を無力化し、しめしめと行おうとしていた悪事のことを。

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