第255話 5色の虹

 飛行機の離陸から3時間半が経った頃。


「いやぁ、南の島だねぇ」

「思ってたより温かいな」

「ポカポカだよ〜♪」

「それな」


 夕奈ゆうなたちは空港の大きな窓の前に立ち、全身で沖縄の日光を浴びて満足気な表情を浮かべていた。

 花音かのんはどうやら飛行機で酔ってしまったようで、ベンチに腰かける唯斗ゆいとの隣に座ってぐったりとしている。


「花音、エチケット袋貰って来ようか?」

「いえいえ、少し休めば元気になりますから」

「何かあったら言ってね」

「えへへ、ありがとうございます」


 彼女はにっこりと笑ってから少し起こした体を背もたれに預け、目を閉じて体を休め始めた。

 自分も同じようにすれば違和感を消せるだろうかと、唯斗が目を閉じようとした矢先―――――。


「唯斗君、写真撮ってよ!」

「わかった、はいチーズ」

「キリッ……ってちゃうわ! あの窓の前で撮るんだよ!」

「その割にキメ顔だったけど」

「夕奈ちゃんは静止画の中でも可愛く居ないとね」

「……ぷっ、変な顔」

「変な顔言うなやおら」


 彼が保存された写真を鼻で笑っていると、夕奈はペシペシと背中を叩きながら「今度は真面目にやってよ?」と瑞希みずきたちの元へと駆けていく。

 それが人に物を頼む態度かと言い返してやりたい気持ちはあったが、それをすると余計に時間がかかりそうなのでやめておいた。


「花音も入る?」

「あ、いや、その……」

「気分が悪いなら無理しなくていいけど、せっかくだから入った方がいいと僕は思うよ」

「じゃあ入ります!」

「うん、行っておいで」


 まだ胸の辺りにつっかえる何かの感覚は残っているらしいが、これは思い出の1枚になるであろう写真だ。

 花音もそれがわかっているからこそ、多少の我慢はしてでもみんなと一緒に写りたかったんだろうね。


「撮るよ、はいチーズ」


 唯斗の掛け声と同時に、等間隔に並んだ5人が右手ピースを掲げる。これが世にいう『映えるポーズ』なのだろうか。

 そんなことを思いながらシャッターを切り、保存された写真を確認してみると、普通に撮ったはずが何故か逆光でみんなの顔が見えなくなっていた。


「おかしいな、ちゃんと見えてたはずなのに」

「あー、唯斗君それでいいの。そういう風に映るフィルターで撮ったかんね」

「これじゃ影を撮ってるみたいじゃない?」

「それが映えなんじゃよ」

「急なオー〇ド博士」

「みんなもポ〇モン、GETじゃぞ〜」

「夕奈を捕まえたら、ポケ〇ンじゃなくてバカもんだね」

「やかましいわ」


 仕返しのつもりなのか脇腹を肘でグリグリとやってくる夕奈。唯斗には『何も起こらなかった』なので、無視して写真を再確認してみる。


「不思議だね」

「え、フシ〇ダネ?」

「〇ケモンの話はもう終わったから。そうじゃなくて、不思議だなって思ったんだよ」


 唯斗が見ている写真には、確かに誰の顔もハッキリと写っていない。

 けれど、背丈や体格、何となく感じられる雰囲気から、どの影が誰のものなのかが分かるのだ。


「背が高くて真っ直ぐ腕が伸びてるのが瑞希だね」

「あはは、何となく照れるな」

「瑞希より少し低くて、肘と手首にあまり力が入ってないのは風花ふうかだね」

「私らしいね〜♪」

「背伸びまでしちゃってるのは花音かな」

「は、張り切りすぎちゃいましたぁ……」

「この小さ――――可愛らしいのはこまるだね」

「正解」


 こうして見てみると、やはり5人ともしっかりと特徴があって、だからこそ混ざり合わなそうに見えてしまう。

 それでもこれだけ仲良しなのだから、人間関係というのはどこまで行っても不思議だ。唯斗にはあまり縁のないものだけれど。


「ねえねえ、夕奈ちゃんはどんな感じ?」

「影までアホっぽい」

「なんやて?!」

「きっちり写り良くしてるけど、馬鹿なオーラが溢れ出てるよ」

「それは唯斗君が私のことよく知ってるからじゃん! 知らない人が見たら賢そうに見えるし!」

「世の中、見た目より中身が大事だからさ」

「見た目を整えない人は中身もダメですよーだ!」

「なるほど、確かに一理あるね」


 見た目を気にすることは、社会に出る上で大事なことだ。髪がボサボサだと営業は上手くいかないだろうし、ムスッとしていては印象も悪いから。

 何もナルシシストになれというわけじゃない。必要最低限のカッコつけは必要だということなのだ。


「まあ、あれだけの中身を繕えるだけすごいのかな」

「なんかバカにしてない?」

「むしろ褒めてる」

「うへへ、褒めても何も出ないかんね!」

「……相変わらずチョロい」


 その後、「もっと褒めて!」としつこくねだって来た夕奈が鬱陶しかったので、適当に「顔が可愛い」と答えたら「知ってる〜♪」とヘラヘラされた。


「何この生き物、うざったらしい」

「うざかわいいの間違いっしょ♪」

「いや、純粋にウザい」

「それでも大好きだって?」

「大嫌い」

「もう、唯斗君は天邪鬼あまのじゃくだなー!」


 やたらと『私は分かってますよ感』を出しながらベタベタしてくる彼女に、唯斗がデコピンを2発お見舞したことは言うまでもない。

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