第254話 陰と陽

『まもなく、当機は離陸致します』


 そんなアナウンスが聞こえると、周りのみんなもきっちりシートベルトを確認して座席に背中を預ける。


「こまる、ちゃんと着けれた?」

「できた」

「僕も……って、あれ? カチッて言わないね」

「いや唯斗ゆいと君、それ私のシートベルト!」

「あ、なるほど」


 彼はシートベルトの差し込む部分を返すと、自分のを見つけてちゃんと自分の体に合わせて調整した。

 今の一連の流れから分かる通り、唯斗の両サイドには人がいる。そう、左にはこまるが、右には夕奈ゆうなが。


「よく考えたら、飛行機って3人席だよね」

「自分でも何を焦ってたのか分かんないよ」

「僕は夕奈のことが分からないけど」

「え、たっぷり教えて欲しいって?」

「誰もそんなこと言ってない」


 彼は「ちょっとだけよ〜?」なんて言いながら擦り寄ってくる夕奈を押し返すと、出来るだけ逃れようとこまる側に体を傾けた。


「そんな嫌がらなくてもええやん?」

「嫌というか気持ち悪いというか」

「むしろランク上がってない?」

「ぶっちゃけ受け付けない、的な」

「一応聞くけどそれ誰の真似してるの」

「夕奈、的な」

「私そんなじゃないしー!」

「そんなんじゃなくなくない、的な」

「……あれ、夕奈ちゃんってこんなにウザイの?」


 どうやら『誇張モノマネで自分を見つめ直させよう作戦』は上手くいったらしい。

 正直、唯斗もダメ元ではあったが、長い間ウザさに迫害されていたおかげで、ウザさの醸し出し方を身につけていたようだ。


「ウザイ超えてぱおん」

「ゆ、唯斗君一旦落ち着こっか」

「落ち着いてからのぱおん」

「ぱおんって別に万能じゃないかんね?」

「万能超えてぱおん」

「お願いだからいつもの唯斗君に戻って……」


 これ以上やり過ぎると夕奈がおかしくなってしまいそうなので、仕方なくウザモードを解除してあげる。

 本当は唯斗も、陰の者が陽の者の世界に踏み込むという行為によって、精神面の限界が来ていたから危ないところだったのだけれど。

 あと5秒解除が遅ければ、陰と陽の狭間に取り込まれて、一生魂だけが浮浪し続けるところだった。いや、そんなことないけど。


「唯斗」

「どうしたの?」


 ツンツンと背中をつつかれて振り返ると、こまるが何やらスマホの画面を見せていた。

 そこに映っているのはウィキペディアのようで、検索された言葉は『陽キャ』らしい。唯斗の魂を削った陽キャフォルムを見て何か疑問があったのだろうか。


「意味、読んで」

「えっと、陽キャとはその人の性格を重視せず、学校における上位の集団に所属する者のことを言う」

「夕奈、上位?」

「言われてみればそうかもね。一応モテるみたいだし、スーパーパリピだし、国語4点だし」

「最後の余計じゃない?!」


 ツッコミを入れてくる夕奈はスルーして、こまるは次に斜め前に座る瑞希みずき風花ふうか花音かのんの方を指差した。


「みんなは?」

「瑞希も風花も委員になって仕切ったりするし、クラスでも目立つほうだと思うよ」

「花音は?」

「花音は目立つのが苦手だからね。でも、夕奈たちと同じグループだから陽キャになるのかな」

「じゃあ――――――――――」


 こまるはそう言ってスマホを膝の上に置くと、今度はこちらへと指先を向ける。

 そして「陽キャ?」と首を傾げる彼女に、唯斗は思わず首を捻ってしまった。そもそもグループとは何なのかと思ってしまったから。


「でも、普通に考えたら陰の者だよ」

「夕奈、同じグループ」

「僕は連れ回されてるだけだから。同じというよりエキストラみたいな感じじゃない?」

「……なら、陰の者?」

「そうなるね」


 そう、自分は陰の道を歩む者。そう心の中で頷いた唯斗だったが、こまるの「私と、同じグループじゃ、ないんだ」という呟きを聞くと。


「いや、たまにタイプチェンジする系の陰の者かもしれない」


 何とか悲しませないようにしようとして、口にした本人でさえ理解出来ないことを言ってしまった。


「?」

「ごめん、やっぱり僕は陽キャにはなれない」

「大丈夫、私は、陰の唯斗、好き」

「えっと……ありがとう?」


 何だかんだ上手く行ったみたいだから良かった。

 まあ、陽キャの親玉である夕奈は、しばらくベシベシと肩を叩いて来ていたけれど。そんなことされても陽の道には勧誘されないってのにね。

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