第252話 家族の数だけ朝がある

 修学旅行とは、学生が珍しく実家から数日をまたいで家を離れる行事である。

 それ故に見送る側も見送られる側も、旅立つ際は寂しい思いをすることもあるが、その朝は家庭によって様々だ。


「みーちゃん、忘れ物はない?」

「母さん、大丈夫だって言ってるだろ?」

「だって心配で心配で……」


 これは瑞希みずきと瑞希母の朝である。

 出発直前、スーツケースを傍らに置いてリュックを背負いながら靴を履く彼女に、母親は何度も質問をしている。


「心配過ぎて沖縄行きのチケット予約しちゃった♪」

「……はぁ。私だってそろそろ自立する年頃だろ。いい加減過保護なのはやめてくれ……」

「みーちゃんが可愛くて仕方ないんだもの」

「そのみーちゃんってのもやめてくれ。そもそも、私の名前はれいなのに、どうして苗字から取るんだよ」

「それにはお母さんとお父さんの出会いに関係する深い深いお話が――――――――――」

「行ってきます」

「あ、ちょ、みーちゃん! ちゃんと水筒持った? ハンカチは? パンツの予備も入れた?」

「もう! ドア開けながらパンツとか言うなって!」


 朝から騒がしい瑞希家。それに対し、今子いまこ家の見送りを覗いてみると。


「お父さん、マルちゃんが出発するよ」

「……楽しんできなさいと伝えてくれ」

「もう。見送ったら泣いちゃうからって、顔を見せないとあの子が悲しんじゃうよ?」

「っ……うぅ……」

「あらあら、涙は拭いて笑顔で見送ってあげようね。大丈夫、お友達も一緒だもん」

「……そうだな。あの子なら大丈夫だろう」


 ハンカチで涙の跡も拭って、父と母が揃ってお見送り。玄関で靴を履いて待っていたこまるは、リュックを背負って立ち上がると、2人をじっと見つめた。


「行ってくる」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね!」

「こまる、ケガしないように」


 最後にマコさんとひろしさんにハグをして、彼女は手を振りながら玄関を出ていく。

 それと同時に堪えていた涙を床にこぼした寛さんは、マコさんに背中を撫でられながらリビングへと戻るのだった。


「そんな顔してたら、会社で笑われちゃうよ?」

「今日は有休を使うことにしてある……」

「なら、私がたくさん甘えさせてあげるね♪」

「……ああ、頼む」


 そしてはたまた夕奈ゆうなの家では。


「お姉ちゃん、行ってくるねー!」

「待って待って! これ持っていきなさい!」

「……なにこれ?」


 慌てて階段を駆け下りてきた陽葵ひまりさんは、手のひらに収まるサイズのものを夕奈に手渡す。


「お守り」

「お姉ちゃん、そんなに心配して……」

「いや、実は沖縄に引っ越した友達のが紛れたまま返せてなくて。ついでに返してきてくれる?」

「自分で行けやおら!」


 自分のためのものではないと知って、姉にお守りを投げつける彼女。

 しかし、陽葵さんは「冗談だって」とケラケラ笑うと、「私が修学旅行の時にお母さんから貰ったお守りだから」ともう一度手渡した。


「お姉ちゃん……」

「無事に帰ってきなさいね。夕奈ちゃんいない間、お姉ちゃん寂しいから」

「絶対無事に帰ってくる!」

「よろしい♪ じゃ、お姉ちゃんは妹の下着の柄チェックを再開するから」

「……ちょっと待てい」


 その後、夕奈によって捕らえられた陽葵さんは、全身くすぐりの刑を執行されて、「二度と下着チェックしません」と誓わされたのである。

 もちろん、口先だけで妹の出発から2分後にはクローゼットの中を覗いていたのだけれど。


「ほう。我が妹ながら、地味なのばかりだねぇ……」


 そして最後は唯斗ゆいとの朝。

 彼は天音あまねに叩き起されると、寝ぼけた状態で食卓に連れていかれて朝食を食べ、すぐに洗面所で顔を洗って髪を整えられる。


「唯斗、忘れ物はないね?」

「ハハーン……じゃなくて、母さん。昨日もチェックしたから大丈夫だよ」

「出発直前にもチェックするのが基本!」


 そんな感じで母&妹による荷物チェックが行われ、大丈夫だと認められてから服を着替えて準備完了。


「息子よ。母親としてこの旅立ちを成長と捉えたい」

「どうしてそんな堅苦しいの」

「お兄ちゃん、師匠たちと楽しんできてね!」

「うん。お土産楽しみにしてて」

「お金は使いすぎないように」

「わかってる」


 そう言ってリュックを背負って出発しようとすると、ハハーンがこほんと咳払いをしてから彼を呼び止めた。


「最後に伝えることがある」

「何?」

「もうすぐ18年になるけど、唯斗は生まれてからずっと私にとって自慢の息子よ」

「急にどうしたの」


 いつもの母さんじゃないと首を傾げていると、ハハーンは突然抱きしめてきたかと思えば、ササッと元の位置に戻って優しく微笑んだ。


「帰りは遅くなりすぎないようにしなさいね」

「心配しなくても真っ直ぐ帰るよ」

「お兄ちゃん、大好きだよ!」

「僕も天音のこと大好きだよ」


 唯斗は時間を確認すると、「そろそろ行かないと」と2人に手を振って玄関から飛び出していく。

 その後ろ姿を見つめていたハハーンが、目を潤ませていたことに気付くことはなく―――――――。


「この前まで中学生だったのに。成長って早いわね」


 独り言のように呟いて、天音と一緒にリビングへと戻ったのだった。

 こうして、それぞれの修学旅行が幕を開け、1年の中でも特別な思い出を作り始めるのである。

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