第251話 うたた寝は大事なことを聞き逃す原因

 唯斗ゆいとには、学校でよく使われる好まない言葉ベスト3がある。

 3位が『自由時間』、2位が『自由なペア作り』。そう、ぼっちにとって自由は不自由でしかないのだ。

 彼にとっての自由時間とは、何も無いのにただ残らされるだけで、それなら早く帰って寝たいという気持ちが強いのである。そして。


「はーい、修学旅行の班決めの時間だよ〜♪」


 修学旅行委員の風花ふうかが黒板の前で宣言した言葉こそ、唯斗が最も嫌いなセリフ『班決め』なのだ。

 ペアよりも班の方が順位が高いのは、単純に関わる人間の数が多いが故に、それだけパリピと当たる確率が高まるからである。


「ここで決める班は自由行動の時の班で、部屋割りも同じになるからね〜」


 風花の言葉にクラスメイトたちは仲の良いもの同士で目を合わせ始める。立ち上がる前から既に班決めは開始しているのだ。


「じゃあ、自由に決めてね〜♪」


 それをスタートの合図と受け取った者達は一斉に立ち上がり、ぞろぞろと4人から5人組を作っていく。

 少し出遅れた者たちも塊となり、いくつものグループが出来る中、唯斗は一切動くことなく窓の外を眺めていた。


「えっと、おだっちも決めてよ〜?」

「僕は修学旅行に行かない」

「どうして〜?」

「朝早くに起こされるんだよ、地獄だもん」

「でも……」

「今回ばかりは風花たちにもどうしようもないよ。部屋割りは同性のみじゃないとダメなんだから」


 そう言って大きなあくびをする彼に風花が困っていると、瑞希みずきたちと組んでいる夕奈ゆうなが割って入ってくる。


「そんなことないよ! 私たちなら唯斗君でも受け入れるし」

「夕奈たちの問題じゃないから。学校側が許すわけないでしょ」

「先生、いいですよね?」


 夕奈は担任の女教師の方を振り返るが、教室の隅で足を組んで座っていた先生はゆっくりと顔を上げると、「無理ですよ」とだけ答えて視線を下げた。


「どうしてですか!」

「男子と女子はそもそも別棟に宿泊するんです。男子の小田原おだわら君は入ることすら不可能です」

「じゃあ、彼はどうすればいいんですか!」

「部屋は最大5人までです。男子の中で一つだけ4人組があるようなので、そこに入れてもらいましょう」


 先生がそう言って指し示したグループを見てみると、一見パッとしない者の集まりに見えるが、その中の一人だけは夕奈の印象に残っている。

 メイドコスプレをした唯斗を見て新たな性癖に目覚め、襲いかかった結果彼女にボコボコにされた男子ではないか。


「あそこだけは絶対にダメです!」

「どうしてですか?」

「唯斗君を襲った男がいるからですよ!」

「……本当なんですか?」


 女教師が例の男子をじっと見つめると、彼は少しオドオドした後に「……はぃ」と自首した。

 それを見た先生は眉を八の字にすると、「いいことを思いつきました」と呟いて立ち上がる。


「小田原君は担任の私が責任を持って守ります」

「……え、どういう意味ですか?」

「簡単に言えば、私と同じ部屋に泊まるということです。部屋は男子棟なので問題はありません」

「いや、問題しかありませんよね?!」

「安心してください、こう見えて空手を12年やってたんです。高校生に襲われるほど弱くないですよ」

「私はむしろ先生が襲わないか心配です!」

「失礼ですね。大人の女性である私は、高校生のような子供に興味はありませんよ」


 そう言いながら大きな胸を強調するようなポーズを取る先生を見て、明らかに男子の目の色が変わった。

 しかし、夕奈は知っている。どれだけ大人の余裕を見せつけてきても、この人の本性は勉強しない生徒を地獄に叩き落とす悪魔であると。


「みんな、夕奈ちゃんに力を分けてくれ! 先生と唯斗君が同じ部屋なんて許せないよね?!」

「「「「「そうだそうだー!」」」」」

「夕奈ちゃんと同じ部屋の方がまだいいよね?」

「「「「「…………」」」」」

「……あれ?」


 一瞬で仲間を失ったその隙をついて放たれた「先生の言うこと聞いてくれますよね?」という一言に、男子生徒たちはみんないい子モードで首を縦に振る。

 明らかな魅力の差を見せつけられ、夏休み前と同じように敗北してしまった夕奈は、その場に膝をついて項垂れた。


「…………あ、寝てた」


 そんな異常な空気の教室の後方で、うたた寝からようやく目を覚ました唯斗が、こちらを見つめるいくつかの視線に気がついて首を傾げるのであった。


「あれ、何の話してたんだっけ」

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