第253話 チケット争奪合戦ポンポコ

 唯斗ゆいとが集合場所である空港に到着すると、既に夕奈ゆうなたちは到着していて、迷惑にならない程度の声で談笑していた。

 修学旅行ということで、行事であるにも関わらずみんな私服だ。目的地との気候差を考慮して、彼も簡単に脱げる上着を羽織っている。


「あ、唯斗君やっときた!」

「……ん、おはよ」

「相変わらず眠そうだね」

「いつもより早起きだったから」

「にゃるほどにゃるほど♪」


 彼女はウンウンと頷くと、「じゃあ、飛行機では夕奈ちゃんに寄りかかってもいいよ?」なんて言いながらにんまりと笑った。


「いや、そもそも隣になれないでしょ」

「ところがどっこい、なれちゃうんだなー♪」

「なに、空港買収したの?」

「そうそう、墜落率70%の夕奈航空……って、誰が受験シーズンに縁起悪いランキング1位じゃ!」

「誰もそんなこと言ってないし、そんな航空会社は縁起悪いどころか存在自体が悪だよ」

「確かに――――――――ん?」


 そんな中身があって無いような話をしていると、トコトコと近付いて来たこまるが唯斗の服を握ってくる。

 彼女は「こっち」と呟くと、担任の先生のいる方に向かってクイクイっと彼を引っ張った。


「そうだね、点呼を済ませるのが先か」

「それな」

「じゃあ、行ってくるよ」

「一緒に、行く」

「まだ報告してなかったの?」

「いえす」


 それなら一緒に行こうと並んで先生に近付くと、名簿に視線を落としていた彼女は顔を上げて「おはようございます」と微笑む。


「おはようございます、点呼に来ました」

「2人は仲良しだったんですね?」

「恋人」

「あら、それは知りませんでした」

「こまる、嘘は良くないよ。先生、僕たちはまだ友達ですから勘違いしないでくださいね」

「ふふふ、なんですね。覚えておきます♪」


 先生はクスクスと笑いながら、名簿上の今子いまこ小田原おだわらを赤い線で繋いだ。

 その後、サイドバックからチケットを取り出すと、順番に手渡そうとして―――――――――。


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」


 滑り込んできた夕奈に奪い取られてしまう。一体何が目的なのかと首を傾げていると、彼女は手に入れた2枚のうちの片方を押し付けてくる。


「チケットは来た順にもらえるの。前の席から埋まっていくから、二人で来たら隣になれる!」

「ああ、ところがどっこいってこれのことか」

「そゆこと♪」


 唯斗は自慢げに「ふふん♪」と胸を張る夕奈とチケットを交互に見ると、先生にもう1枚貰ってそれと彼女のチケットを交換した。

 そして元々夕奈が奪い取った方はこまるにプレゼント。これで彼の隣は夕奈ではなくこまるになったのである。


「なんちゅーことしてくれてまんねん!」

「隣になれるトリックを教えたら、そりゃ回避されるに決まってるじゃん」

「ぐぬぬ……唯斗君の横に座れば、瑞希みずきの部屋にあった薄い本みたいな展開になると思ったのに!」

「ありえないね。ていうか、瑞希もそういうの読んでるんだ。ちょっと意外かも」

「あ、今の話は内緒だかんね。瑞希にバレたら殺されちゃうから」


 しーっと人差し指を唇に当てて、一般的な静かにのジェスチャーをする夕奈。

 そんな彼女……の背後を見て唯斗は思った。もう手遅れなんだろうな、と。


「夕奈、何がバレたら殺されるんだ?」

「ひっ?! あの、これは違うくて……」

「その話は2人だけの秘密だって言ったよな?」

「夕奈ちゃんに秘密が守れると思うかー!」

「今更開き直るなよ?」

「ご、ごめんにゃしゃい……」


 その後、物陰に引きずり込まれた夕奈は、次に現れた時には顔が真っ赤になってしゅんとしていた。

 一体何をしたらこうも大人しくなるのかと聞いてみたが、瑞希は頑なに教えてくれない。ただ。


「薄い本は夕奈がコミケに行ってみたいって言うから、その時に買ったやつだ」

「へえ、僕は行ったことないや」

「そもそも、買ったのは夕奈なんだよ。なのにバレたらお姉ちゃんにからかわれるからって、私の部屋に保管してやってるだけだからな?」

「なんだ、結局むっつりは夕奈だったんだ」

「むっつり言うな!」

「夕奈、むっつりだよな?」

「っ……自分はむっつりであります!」


 彼女がピシッと敬礼のようなポーズをしておかしな宣言をしたことによって、瑞希の疑いは綺麗さっぱり晴らされたのであった。

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