第248話 何事もやめ時が大事

 神経衰弱を満喫した2人は、時計の針が12時を回ったことを確認してお互いに目を合わせた。

 そろそろベッドに入ろうという意志を交わした彼らは、こまるを壁側にしてまずはベッドの上に座る。


「約束は覚えてるよね?」

「1回だけ」

「そう。それ以上はいくら頼まれても聞かないよ?」

「分かってる」


 これだけ先延ばししても、完全に心の準備が出来たわけではない。

 それでも、彼女の目を見ればこれ以上後回しにすることなんて出来ず、唯斗ゆいとも強引に気持ちを固めた。


「電気は消さなくていいの?」

「顔、見えない」

「あんまり見られたくはないんだけど」

「消す?」

「出来ればお願いしたいかな」

「りょ」


 そもそも、このキスに抵抗を抱えている彼は、最中の自分の表情を人に見られることにも少なからず抵抗がある。

 だから、終わり次第寝られる状況にしたいとこまるの了承を得た唯斗は、ベッドから降りてドア横のスイッチへと向かう。

 それから「消すね」と声をかけて部屋を真っ暗にし、手探りでベッドの上へと戻った。


「こっち」

「ありがとう」


 こまるに手を引かれて定位置に座り直した後、彼女は手の握り方を変えて両手を恋人繋ぎにする。

 相当これから行われることに気持ちが入っていると感じた唯斗もギュッと握り返し、徐々に目が暗闇に慣れていくのを待った。


「そろそろ、する?」

「いいよ」


 うっすらと相手の顔が認識できるようになった頃、こまるは膝立ちをして唇の高さを合わせる。

 彼が頷くと彼女も頷き返し、一度深呼吸を挟んでから思い切ってお互いの距離をゼロにした。


「ん」


 約束は一度だけのキス。だから、ほんの1秒程度で終わると思って油断していた唯斗。

 しかし、3秒数えても唇は触れ合ったまま。5秒、10秒と長くなるにつれて、息を吸うタイミングが分からないまま苦しくなっていく。


「ちょっと、こま―――――――」

「んん」


 限界が来たタイミングで唇の密着を緩めて息を吸う。そのまま離そうとするも、その距離すら彼女が近付いてきたことで無くなってしまった。


「……」

「……」


 それからはただ無言の時間が流れる。呼吸をするために唇を離そうとする度、さらに密着されることを何度も繰り返す2人。

 そんな小さな後退を繰り返しているうちに、いつの間にかベッドの端に追いやられ、後退る方向を変えてしばらくすれば今度は壁にぶつかった。


「……」

「……」


 さすがにまずいと押し返そうとした腕は、逆に壁へと押し付けられる。

 こまる相手なら本気でやれば勝てないことも無いはず。しかし、初めと違って彼女の背後には壁がない。

 もしベッドから落ちて怪我でもさせれば、それこそ色々な責任を取る事になりかねなかった。

 そうでなくとも、自分のせいでこまるに痛い思いをさせたくなんて無いと言うのに。


「……」

「……」


 分からない。どうすればいいのか分からない。

 酸素が足りないせいで頭が上手く回ってくれない上に、暗闇にしたせいで抵抗していい加減が把握出来ない。

 しかし、彼女が呼吸のために唇を少し浮かせたことを察知した唯斗は、ここしかないとばかりに顔を横に背けた。


「あっ……」

「こまる、長すぎるよ」


 残念そうな声を漏らすこまると目を合わせないまま、彼は焦りと酸欠から来る疲労感にため息をこぼす。


「1回だけ、約束、守った」

「限度を考えてよ。呼吸も続かないほどなんておかしいでしょ」

「……」

「いや、言い過ぎた。確かに約束は破ってないもんね、こまるが正しいよ」

「私も、変なの、分かってた。けれど、やめたく、無かった。……ごめんなさい」

「謝らないで。僕も秒数なんて決めてなかったし」


 神経衰弱のトリックは見破れても、言葉の穴を見つけることは出来なかった。彼女はそこを上手く突いただけ。むしろ、賢い行動とも言えなくない。


「大丈夫、怒ってないよ」

「ほんと?」

「嘘をつく理由がない」


 何より、ここで怒ったからなんだと言うのか。お泊まりの雰囲気が暗くなり、寝付きと寝起きが悪くなるだけではないか。

 唯斗はそう心の中で呟くと、こまるをギュッと抱きしめてから、そっとベッドに横にならせる。


「僕はこまるの気持ちの深さを侮ってたんだね。こうはならないって思い込んでたのかも」

「やっぱり、怒って……」

「違うよ。むしろ、このタイミングで理解出来てよかったと思ってる。またひとつ、こまるに詳しくなれたってことだからね」


 そう言いながら自分もベッドに入ると、布団の中で伸びてきた手が腕に触れるのを感じた。

 ただ、遠慮しているようでなかなか掴んでは来ない。積極的になることに躊躇いを覚えてしまったのだろう。


「キスに限りはあっても、手はいつでも繋げるよ」

「でも、不安」

「なら僕から繋いであげる」

「……ありがと」


 安心させるようにしっかりと繋がれる両手。少し寝づらくはあるが、それでも彼女を想えばなんてこと無かった。


「おやすみ」

「おやすみ」


 その夜、2人は向かい合いながら眠りに落ちた。

 翌朝、例の攻防の末に壁側に唯斗が来てしまったことで、寝相の悪いこまるが床で眠ることになったのだけれど、それはまた別のお話。

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