第247話 誰が為の嘘
「……偶然」
「そんなわけないよね?」
こまるはさっきから目を合わせようとしない。嘘をついているからだろう。
「僕の目を見て」
「っ……」
「本当に偶然なら、目を逸らさないで」
そう言って見つめると、彼女もしばらくは見つめ返してくれる。
しかし、突然ふいっと顔を背けると、それ以降は一切こちらを見てくれなくなった。
「ほら、やっぱり」
「ちがう。これは、照れた」
「今更言い訳なんて苦しいよ」
「言い訳、ちがう。見つめるの、照れる」
確かに、普通は見つめ合うのは気まずかったりするのだろう。唯斗にはあまり分からない感覚なので、首を傾げるしかないのだが。
「まあ、信じるよ。でも、隠してることはあるよね?」
「……わかった。正直に言う」
こまるは小さく頷くと、カードを2枚ずつ
全てひっくり返せば、今度はその内の2枚を裏にして見せる。
彼女が指差した箇所を注視すれば、やはり彼が気付いていたトリックと同じだった。
「カードの裏面はただの柄に見えるけど、よく見ると数字が紛れてるんだね」
「そう」
「マジック初心者用のトランプだったんだ」
「騙すつもり、無かった。ただ……」
彼女が言うには、この神経衰弱は前々からやろうと計画していたものらしい。
間違えれば相手を撫でるというルールを設ければ、必然的に間違える唯斗には撫でてもらえる。
自分もカードの中身を初めから知っていれば、わざと間違えてずっと撫でることが出来る。
簡単に言えば、こまるはイチャイチャしたかっただけなのだ。そのための場を用意する手段に、このようなズルを用いるしか無かっただけで。
「言ってくれれば、いつでも撫でるのに」
「勝負、ワクワク。負けると、悔しい」
「要するに、僕が負けて撫でる状況にした方が、優越感があるから楽しいってことか」
「いえす」
特に誰かが損したわけでもないので、気付かない振りをしてあげても良かったかもしれない。
けれど、やっぱり勝負事となると唯斗にも負けたくない気持ちが少しはあるわけで。
せっかくなら真剣勝負をしたいと思ってしまったのだ。今思い返せば、ちょっと大人気ない行動だったかもね。
「普通のトランプはある?」
「ある」
「そっちを使おうよ。同じルールでいいから」
「りょ」
こまるはササッとマジックトランプを片付けると、それを机の中に入れ、代わりに何の変哲もないトランプを持ってきてくれる。
そしてそれを先程と同じように広げ、お先にどうぞと言わんばかりにこちらを見つめた。
「じゃあ、これとこれにしようかな」
「……あっ」
「さすがにもう偶然は起きないね」
彼女は、ひっくり返されたスペードの3とダイヤの8を見て、そこはかとなく表情を明るくする。
唯斗はそんなこまるの頭に手を伸ばすと、少し多めに撫でてあげた。ゆっくりと頭のてっぺんから頬の辺りまで髪をとかすように。
「これ、好き」
「僕も撫でるの好きだよ。こまるから喜んでくれてるのが伝わってくるし」
「もっと」
「続きはまた間違えたらね」
「わかった」
わがままは口にしないものの、全身から『次も間違えて欲しい』という気持ちが溢れている。
それを感じ取った唯斗が、その後のターンで答えがわかっていても忘れたフリをして間違え続けたことは言うまでもない。
「こまるは神経衰弱が強いね」
「唯斗も、撫でるの、上手い」
「それは褒め言葉なのかな」
「専属の、撫で師、なって欲しい」
「そんな職業初めて聞いたよ」
「専業主夫、とも言う」
「一応考えておくね」
そんな会話をしながらもうひと撫でしてあげる間、こまるは自分の手に入れた52枚のカードを眺めていた。
「もう一回、する?」
「今度はなるべく撫でないように頑張るよ」
「うん、頑張って」
彼女は小さく頷くと、唯斗が唯一手に入れた2枚の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます