第246話 神経衰弱は真剣衰弱と言い間違えがち
あれから、
そして、今は先にお風呂に入らせてもらった彼が、つい先程上がってきたばかりのこまるの髪を乾かしてあげているところだ。
「こまるって髪綺麗だね」
「手入れ、してる」
「尊敬しちゃうよ」
そんな会話をしてる間も、彼女はどこかソワソワしていた。だって、ベッドの上で取り決めた『条件』がもうすぐ解除されるから。
『寝る前までは我慢して欲しい』
それが唯斗が出したものだ。彼は少し心の準備をする時間が欲しかったのである。
そうすれば、自分にとってもこまるにとっても悪い意味で思い出に残るようなキスにはならないと考えたから。
「はい、乾いたよ」
「さんきゅ」
「どういたしまして」
そう言ってこまると手を繋いだ時刻は、ちょうど11時を回った頃。
時間的にもそろそろ寝られるとは思うし、彼女も早く寝たいと思っているだろう。
そう考えていたが、以外にもこまるはトランプを持ってきて、『したい』と言いたげな目で見つめてきた。
「眠くないの?」
「昼間に、たくさん、寝た」
「実は起きてたんじゃなかったっけ?」
「……寝てた」
本人が言い張るならそういうことにしておこう。う心の中で頷いた唯斗は、最後に「でも、約束は?」と聞いてみる。
「キスは、どうせ、する。2人きり、時間、少ない」
「そういうことか」
「だから、して?」
「うん。付き合うよ」
頷いてみせると、彼女は早速箱からトランプを取り出して、カーペットの上でぐちゃぐちゃに混ぜた。
そして重ならないように伏せたまま広げると、「神経衰弱」とゲーム名を宣言する。
「僕、結構得意だよ?」
「私も。一人で、してた」
「右に同じ」
眠気もなく、やることもない時の一人神経衰弱は程よく脳を疲れさせてくれるのだ。
最近はそれすらも面倒でやらなかったが、中学時代に培った能力は衰えていないはず。
「間違えたら、罰ゲーム」
「いいね。どんな罰?」
「相手を、撫でる」
「……罰ゲームだよね?」
「いえす」
自分が撫でられたいだけなのが明らかだが、そこには触れないでおいてあげる。
だって、ものすごく何かを訴えるような目で見つめてきているから。こんな状況で口出しなんて、鬼でなければできないだろう。
「撫でないように頑張るよ」
「私も」
お互い準備が整えば、じゃんけんで勝った唯斗からカードをめくり始める。
一手目は何一つ情報がないわけで、当たる確率が最も低いはずなのだが、いざ適当に選んでみれば偶然にも同じ数字。
「連続で出来るんだよね?」
「……うん」
「……」
いつもと変わらないはずなのに、何故かこまるがとてつもなく落ち込んでいるように見えた。
唯斗だって出来れば外してあげたいのだが、運に頼るしかない局面である以上は、それを避けるのはほぼ無理と言っても過言ではない。
「じゃあ、これとこれにしようかな」
なるべく同じにならなさそうなものを選ぼうと、あえて隣同士のカードをめくってみれば、驚いたことにまた同じ数字。
明日、ベッドが爆発するんじゃないかと思うほどの豪運。交差点と夜道には気をつけた方が良さそうだ。
「もう一回
「…………」
「次くらいには外すんじゃないかな」
「……やって」
ワントーン低く感じる声に背中を押され、3手目のカードを選ぶ唯斗。
今度は一番離れているもの同士にしようと、左端のものをチラッと見てから右端のカードをひっくり返す。
それから左側に手を伸ばした瞬間、直前でこまるに腕を掴まれた。まるで『それは選んじゃダメ』と言っているかのように。
「ねえ、こまる?」
「……?」
そんな彼女の手をそっと離し、ひっくり返してみればあら不思議。またもビンゴ、大当たりだ。
これも偶然だろうか。単に運がいいだけの話なのだろうか。答えは単純、NOひとつだけ。
「どうしてこれが正解だって知ってたのかな?」
一手目と二手目は偶然に違いないが、三手目だけは必然だったのである。
だって、こまるが使おうとしていた裏技に、唯斗も数十秒前に気が付いてしまったのだから。
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