第245話 掴むべきチャンス、見送るべきチャンス

 唯斗ゆいとが腕を休ませている間、こまるは暇を潰すようにお腹やら太ももを指でツンツンとしてきた。

 少しくすぐったかったり、当たりどころによっては痛かったりもしたが、動くのが億劫な彼からは抵抗のての字も見えない。


「こまる、それ楽しい?」

「唯斗、触れ放題。楽しい」

「あ、そう」


 本人が楽しいと言うなら、とやかく言う必要も無いだろう。唯斗はそう心の中で頷くと、少し起こしていた後頭部もベッドに沈めた。


「……」

「……」ツンツン

「…………」

「…………」ツンツンツンツン

「………………」

「………………」


 突然何もしてこなくなったと閉じていたまぶたを開けてみれば、こまるは何故かベッドに登ろうとしているではないか。

 何をするつもりなのか見守っていると、彼女は唯斗のお腹の上にまたがってきた。


「こまる?」

「……?」

「何してるのかな」

「ひみつ。腕貸して」


 そう言われて動かしたくない腕を持ち上げようとすると、こまるは両手首を掴んでベッドにギュッと体重をかけて押さえつける。

 何故なのかは分からないが、唯斗は筋肉が再び悲鳴をあげると同時に身の危険を感じていた。


「こまる、一旦降りよっか」

「イヤだ」

「僕、腕痛いんだけど」

「だから、チャンス」


 彼女は「初めから、こうすれば、よかった」と呟きながら段々前傾姿勢になると、鼻先をピトッと合わせて真っ直ぐ見つめてくる。


「逃げる、出来ない。何でも、出来る」

「こまる、考え直してよ。こんなことしても、僕は何も変わらないよ?」

「……ほんと?」

「むしろ、嫌いになるかもしれない」

「…………」


 相変わらず無表情ではあるが、こまるはショックを受けたようにしばらく固まると、目をキョロキョロとさせたかと思えば俯いてしまった。

 どうやらかなり落ち込ませてしまったらしい。さすがに嫌いになんてなれないだろうが、諦めさせるためには強い言葉を使うしか無かったのだ。


「嘘だよ、嫌いになんてならない。でも、これがきっかけで好きになることもないってこと」

「……無駄?」

「まあ、そうだね。一度されちゃうと、今後無意識に距離を取っちゃうかもしれないし」

「それは、だめ」

「じゃあ、降りてくれる?」


 彼女はそれでも少し躊躇っていたが、「こまるを傷つけたくない」と言ったらすんなりと降りてくれる。

 やっぱり、正直に伝えるのって大事なことなんだね。その方がお互いに疲れなくて済むし。


「聞いてくれてありがとう」

「唯斗」

「どうしたの?」

「ひとつ、お願い、聞いて」

「内容によるかな」


 さすがに襲わせてと頼まれて、すんなり首を縦に振ることは出来ない。

 けれど、彼女の言うところのチャンスを逃させた分の償いは、別の形で返すべきだとも思えた。


「お願いの中身、聞かせてくれる?」

「……キス。一度で、いいから」

「ごめん、それは聞けない」

「どして?」

「それを了承したら、なし崩し的に全部聞かなきゃいけなくなりそうだもん」

「そんなこと、ない。これだけ」

「本当に?」

「信じて」


 まっすぐに見つめてくる瞳からは、どう角度を変えても嘘の色は透かせない。

 唯斗だって信じたい気持ちは山々だが、もしも流れで要求を少しずつ大きくされていけば、断るタイミングを見失いそうで怖かったのだ。

 夕奈ゆうななら強引に拒める自信がある。しかし、こまるとなると前例がほぼないが故に、ストッパーを差し込める確証がないわけで……。


「うん、わかった」


 それでも、彼は信じる方を選んだ。疑うより消費カロリーが少ないからでは無い、自分の心が信じるべきだと言っていたから。


「その代わり、ひとつ条件をつけさせて」

「条件?」

「そう。どうせするなら、こまるにとっても僕にとっても良いものになるようにしたから」

「どんな?」

「それは―――――――――――――」

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